隼と兎 -2ページ目

隼と兎

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…でない。

鳳光寺の番号に電話をかけてみたものの誰もでない。

誰か一人でてもよさそうなものなんだが…

しかたない、じいさんには後で連絡をしよう。

そう思い電話を切り、閉じようとした瞬間―

ピピピ!

その携帯から着信音が鳴った。

画面には『天堂』と表示されている。

またか…

ルナも「はぁ」とため息をつく。

しかしこいつからの情報は有益、とらないわけには…

「もしもし」

「あっ何度もすみませーん」

「気にするな、情報があるんだろう」

「さっすがファルコさん心が広い!」

「…お世辞はいい、早く情報をたのむ」

「もーつれないなー。まぁそういうとこ嫌いじゃないっすよ。んでその情報なんですけどね、ちょっと怪しい奴が見つかったんですよ」

「怪しい……奴?容疑者ってことか?」

「まぁそうですね。まぁまだはっきりとはしていないんですけど、少なくとも被害者達との共通点が見つかったってことです」

「共通点というと?」

「殺された三人が大学一緒ってのは知ってますよね?」

「ああ、最初の資料と今さっきの資料に書いてあったな。誠心女子大学だろう?」

「そうですそうです。そしてその容疑者ってのがその大学で教えてる教授なんですよ」

「大学教授…確かに共通点はあるが…教授なんてたくさんいるだろう。」

「まぁ当然そう思いますよね。でも一人だけファルコさんが護衛してる娘とも関係があるって言ったら?」

「霧島美恵子さんにも?しかし大学は違うが……」

「そうなんですよ。その霧島さんがいってるのは、東京文教大学。ですけど、実は誠心女子大から東京文教大に教えにいってる教授がいたんですよ」

「ん?俺は確かに霧島さんの大学を藤ヶ崎さんに聞いたけど……お前に言ったか?」

「いやいや、それくらい俺にかかれば余裕ですよ。そんなのいつものことでしょう?」

「確かにいつものことだな、まぁそれなら犯人も探してくれるとありがたいんだがな」

「いやいや、無理言わないでください。ここまで調べるのは俺の仕事、後はそちらでがんばってくださいよ。ともかくそいつについての情報は送りますんで。」

「わかった、たのむ」

「そいつを捕まえてはい終わり、ならいいんだけど」

カサカサと帽子を揺らしながらルナが呟く。

確かに、これ以上被害者は増やしたくない。

全ての被害者に共通点がある教授か……これで終わってくれればいいんだが…

「送りましたよ」

「ありがとう。また情報が入ったらよろしくたのむ」

そう言って電話を切った俺は、送られてきた資料に目を通しつつ誠心女子大へと車を走らせた。





大学から少し離れた場所に車を止め、留守番にふてくされるルナを残し大学へと向かう。

大学というものは、小学校などとは違い関係者でなくとも比較的自由に入れるためすんなりは入れると思っていたが、やはり女子大はセキュリティが高いようだ。

偽造警察手帳を守衛にみせ何とか入ることができた。

この手帳は天堂から渡されたもので今までよく使っているのだが、まだばれたことは無い。

いったいどこでこれほどのものが作れるのだろう。

まぁよく出来ているといっても、服装が普段着では信じてもらえないだろうということで服は車の中でスーツに着替えておいたが……

守衛が「あなたもですか」と言っていたことから、俺の前に何人か警察官が来ていると見える。

はち会わないように注意しつつ辺りを見回す。

さすが女子大というべきか、若い女の子ばかりだ。

そのこたちが笑顔で語らっている光景は、この町で事件があったことなど忘れさせてくれるようだ。

しかし、その学生達に紛れマスコミや警察関係者と思われる人物もちらほら見受けられ、いかにみんなが楽しそうでも、やはりこの街では殺人事件が起こり、ここは被害者がいた大学なのだと実感させられる。

今でこそ笑っている学生達も、内心は不安でしょうがないのかもしれない。

その不安を取り除くためにも、一刻も早く事件を解決しなければ。

そう思いながら手元の資料に目を移す。

「池浦 譲」35歳、誠心女子大学心理学部の准教授。

事件の被害者三人と同じ大学と言うだけでなく、被害者全員が彼の授業を受けたことがあるらしい。

美恵子さんは直接授業を受けたことは無いが、美恵子さんの大学にも講義を行いに行っている。

それにしても被害者はともかく美恵子さんの情報までいったいどこから手に入れてくるのか。

……まぁいい、それはひとまず置いておこう。

今はこちらが大事だ。

そう思いながらまた資料に目を通す。

資料の写真を見る限りでは、歳の割りに若く見え、一般的にかっこいいといわれる部類の人間、といった印象を受ける。

全身を写した写真もあり、記憶の中の煙男と照らし合わせてみたが、俺が見たときには顔の部分は消えていたということもあり、この人が煙男だと断定することは出来なかった。

背格好は近いものがあるが、白髪交じりでは……ない、黒髪だ。

しかし、実際に起こった3件と未遂に終わった美恵子さんの事件、これらをつなぐのは今のところこの教授だけ。

犯人かどうかはともかく調べてみる価値はあるだろう。

実物を見れば煙男だと断定できるかもしれないし、この大学で他にも何か情報が得られるかもしれない。

はじめの資料で被害者の交友関係など大体のことはわかっているが、やはりいろんな人に直接話を聞いておきたい。

それに今日の被害者についてはまだ情報が少ないからな。

天堂からまた情報が来るとは思うが、その前に自分で出来るだけ集めてみよう。

さて、まずは早速この教授から話を聞きたいんだが…

と、そう思った矢先、正門傍の駐車場に彼を見つけた。

なんと運がいい、と考えたがそんなことはなかった。

池浦准教授の隣には二人の男が立っていてなにやらやり取りをしている。

どうやら警察関係者になにかしら話を聴かれているようだ。

警察も彼を疑っている……?さすがにこれでは近づけないか…

偽造手帳を使った手前、俺が話を聞かれることになると非常にまずい。

仕方がない、美恵子さんのことを知らない警察は、恐らく池浦准教授を容疑者として聴取をしているわけではないだろう。

そう長く話をするわけではないはずだ。

その前にまずは他の人から話を聞いておくとしよう。





辺りを見回すと初老と中年と見られる男性の二人組を見つけた。

普通女子大に男性はそう多くない、恐らく教授だろう。

同じ大学の教授なら池浦准教授について何か聞けるかもしれない。

そう考え声をかけてみることにした。

「すみません、こちらの大学のかたでしょうか?」

「はい?」

中年の男性が気づき、こちらを見ながら聞き返してきた。

初老の男性も「なんだ?」といった様子でこちらを見る。

「なんですか?」

「私はこういうものです。最近この近くで起こっている事件についてお話を聞きたいのですが…」

そういいながら名刺を渡す。

偽造警察手帳で大学に入ったにもかかわらず、探偵として名刺を渡したのは、「他の刑事に話をした」と言われないようにするためでもあり、万が一警察に話しかけてしまったときのためでもあった。

「探偵…?あなたが?」

中年の男性が疑ったような表情と声で聞いてくる。

「はい、疑いたくなる気持ちはわかりますが、ふざけているわけではありません。被害者のご家族から実際に依頼を受けて調査している本物の探偵です」

しかしまだ中年の男性は疑っているようだ。

「まぁまぁ下山君、ふざけてこんなことを言うような人もいないでしょう。警察の方も学内にいるようだし、怪しければ彼らに引き渡せばいいじゃないか。ところで、えーっと、早川、さん。その話というのは?」

初老の男性が名刺の名前を確認しながら聞いてくる。

「はい、あっ、その前に名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?私はその名刺に書かれている通り、私立探偵の早川隼です」

「早川さんですか、私はここの大学の教授をやっている磯山拓郎です」

初老の男性が少し会釈をしながら答える。

物腰の柔らかい、優しい表情の男性だ。

一応煙男と比較はしてみるが、背は高め、髪は白髪、違う……か。

「疑ってしまいすみません。私はここの准教授の下山茂です」

少し申し訳なさそうな顔で、中年の男性は答えた。

中肉中背ではあるが髪型は長くも無く短くも無い黒髪、近くはあるがやはり違う……か?

全員を疑っていてはきりがないが、池浦准教授が犯人と決まったわけではない。

できるだけこの大学の関係者は調べた方がいいだろう。

「お二人ともこの大学で働かれているんですね。さっそくですが、事件のことについて何か知りませんか?犯人の心当たりや被害者のことでもいいのですが」

「うーん、私は直接的に被害者のこを知らないからなんとも。私は教育学部で教えていて、彼女達は心理学科の生徒らしいので」

と磯山さんが答える。

「なるほど、下山さんも教育学部ですか?」

「はい、だけど僕は彼女達を教えたことがあるんです。といってもはっきりと覚えているわけではないんですけど…」

「というと?」

「大学では自分の学部以外の学部の授業を受けることが出来たり、他の学部の講義がいくらか卒業単位の中に組み込まれていることがあるんです。といっても初歩的なものなどなんですが。」

「なるほど、それで彼女達が教育学部のあなたの授業をとったことがあると」

「そうです。けれどはっきりとは覚えていないんですよ」

「それはなぜですか?」

「いやね、下山君の授業は人気なんですよ。たぶん100人以上じゃないかな?その「主題」、ああ、それが他の学部の授業を受けることなんですがね。その主題の中では彼の講義が一番人気があるといってもおかしくないんですよ。だからひとりひとり覚えていないのも無理はないかと思いますよ」

と磯山さんがフォローするように答える。

「なるほど、人気がおありなんですね」

「いえいえ、僕なんかとても。たぶん単位がとりやすいからでしょうね。ははっ。僕なんかより心理学部の池浦准教授。彼の授業の方が人気がありますよ」

池浦准教授…まさかこの流れででてくるとは思わなかった。

これは好都合、少し深く掘り下げてみるか。

「その池浦さんというかたの授業はそんなに人気なんですか?」

「そりゃあもう人気ですよ」

「お知り合いなんですか?」

「いいえ、僕は一回だけ話したことがあるくらいです」

「私は全然話したこと無いが、そんな私でも彼の人気は知っているからね」

下村さんだけでなく磯山さんも知っている……そんなに池浦准教授の授業は人気なのか。

「おっと、私はこれから授業だった。行ってもよろしいでしょうか?」

磯山さんが時計をチラッと見ながら聞いてきた。

「あ、すみません。貴重なお時間をありがとうございました」

「では」と軽く会釈をすると磯山さんは小走りで建物の中に入って行った。

「すみません。僕の話で話がそれて時間を使ってしまって……」

下山さんが頭を下げながら言う。

「いえいえ、貴重なお話ありがとうございました。なにが重要になるかなんてわからないものなので、どんな話でもありがたいですから」

「はぁ」とまだ下山さんは申し訳なさそうだ。

よく知らないとはいえ授業を受け持っていた学生が死んだのだ。

今は気弱になっているのかもしれないな。

「えっと……あ、もしなにか思い出したことがあれば、名刺の電話番号に連絡してください。どんな些細なものでもかまいませんので」

「はい。あの、受け持った学生さえ覚えていない僕のような人間が言うのもなんですが……かならず犯人を捕まえてください」

やはり学生を覚えていなかったこと、そしてその娘達が死んでしまったことを悔やんでいるのか。

「わかりました。約束します」

こういった事件を捜査するたびに思う。

被害者のために犯人を見つけるのは当たり前だが、こういう人たちのためにも早く犯人を見つけなくてはと。

「ところで、他に事件について知っていそうな人は知りませんか?」

「うーん、学生のことははっきりとわかりません……。けれど心理学部ということで、先ほど話題にも出た池浦准教授は知っているんじゃないかと……。彼は人気なので死んだ学生達も授業を受けていたんじゃないでしょうか?といっても僕は彼のことをよく知っているわけではないんですが……」

やはり池浦准教授……か。

「なるほど、ありがとうございます。池浦さんにも話を聞いてみます」

さて、ではそろそろ本命に話を聞きに行くとするか。

「あれ?」

話を切り上げようと思った俺の向こう側に視線を移し下山さんが言う。

「どうかしましたか?」

「いえ、丁度後ろの駐車場のところに池浦准教授がいたもので、でも車に乗ろうとしてますね」

車!?

振り返ると確かに池浦さんが車に乗り込もうとしている。

まずい、警察の話はもう終わったのか!

「す、すみません。では池浦さんに話を聞きに行くのでこれで。何かあったら連絡よろしくお願いします!」

「え?あ、はい」

驚いている下山さんを残し池浦さんのところへ向かう。

よし、ギリギリだが間に合いそうだ。

エンジンをかけ発進する直前の車になんとか間に合い、コンコンと運転席横の窓を軽く叩いた。

こちらに気づいた池浦さんが窓を開ける。

「どうかしましたか?ここの学生ってわけではないし、警察の方?……でもなさそうですね」

「ハァハァ、はい、すみません。私はこういうものです。」

息を整えながら名刺を差し出す。

「探偵さん、ですか。なるほど」

そういいながら池浦さんは俺の顔を覗き込んできた。

「嘘は言っていない。けれど全部が真実ではない。探偵ではあるがそれだけではない。そんなところですね」

!?

突然の分析?に驚く俺に池浦さんは続けた。

「おっとすみません、ただの戯言ですよ。心理学をやっている私の悪い癖なのでお気になさらずに。ところで何か用がおありですか?」

「あ、はい。最近ここの近くで起こっている殺人事件について少しお話をお聞きしたいのですが」

「やはりそうですか……」

「はい、先ほど警察の方ともお話をされていたようなので知っているとは思いますが、被害者はここの心理学部に通っていました。池浦さんはここの准教授であるとのことなので何か知っていないかと思いまして」

「ふむ、私の名前が池浦で心理学部の教授であることは知っていると。ということは彼女達が私の授業を受けていたということも知っていて話しを聞きにきた。というわけですか」

「…はい、そうです」

「率直に聞きますが、私は疑われているのですか?」

「いえ、そういうわけでは、ただ参考までにお話を聞かせていただければと」

「…ほう、なるほど。警察の方とは少し違った考えをお持ちのようだ」

そう言うと、彼は観察するかのようにこちらの顔をまじまじと見てきた。

彼は……わかっている。

自分が疑われているということ、しかし確証があるわけではないということ、けれども何かを掴んでいるということ。

それらをすでに見通している。

「それで、すみませんが少しお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、話をするのはかまわないのですが、私が知っていることは無いと思いますよ。被害者のことは確かに知っていますし、とても悲しいのですが……さすがにプライベートのことなどはわかりませんし」

「いえ、それでもかまいません。なにが解決の糸口になるかはわかりませんので」

「わかりました。けれど私はこれから所用で少し大学を出るのですが、その後でかまいませんか?」

なるべく早く話を聞きたいとは思うが……しかたない。

「わかりました。お帰りはいつごろですか?そうですね、夕方の7時から8時には帰ってくると思いますよ」

「そんなに遅くですか?」

「はい、少し時間がかかりそうなので」

「……わかりました。ではそのときにまたお伺いさせていただきます。その時間はどこいらっしゃいますか?」

「おそらく研究室にいると思いますよ。ではのちほど」

そう言って軽く会釈をした彼は車を発進させ、正門を出て行った。

追うべきか…

さっきの会話の間に車に発信機を取り付けはしたが、まだここでの情報はほしい

天堂に行き先を監視させておいて、おかしなところがあれば連絡してもらうことにするか。

そう思った俺は池浦准教授が帰ってくるまでの間情報を集めることにした。
天堂の電話からしばらくして、俺たちは新たな事件現場の前にいた。

と言ってもルナは相変わら近くに停めた車の中で留守番させている。

天堂からの電話の後、瑠花さんと美恵子さんにこの事件のことを話すか迷ったが、俺が言わなくてもいつかはニュースで知ることになる。

それならば早いほうがいいだろうと思い、俺は話した。

それを聞いて二人は怯えた様子だったので、今日は大学に行かず俺の事務所に来るかと聞いてみたが、大学には行っておきたいらしいので、終わってから連絡するということで、ひとまずは二人と別れた。

確かに事務所で縮こまるよりは、大学に行って友達と話しているほうが、少しはこの事件のことを忘れることができるかもしれない。

これまでのどの事件も夜中に部屋で襲われているので、さすがに昼間に大学で襲われることはない……おそらく。

完全に安心というわけではないが、大学についていくよりもこの事件現場から何かを得て、事件を早く解決することがより彼女たちのためになるはずだ。

そう思い事件現場となったアパートを見る。

マンションの周りは野次馬が集まり人だかりが出来ていた。

「また殺人ですって」

「同じ犯人かしらねぇ」

近所の主婦たちが、怯えたような、困ったような、なんともいえない表情で話し合っている。

その他にも携帯で写真を撮る学生、通勤途中と思われるスーツ姿の人など、様々な人が興味半分恐怖半分といった様子で事件の起こったマンションの周りに集まっていた。

事件のせいで人通りの少なかったこの町のどこからこんなに人が集まってくるのだろう。

怖い怖いと思いながらも、いざ事件が起こってみると見に来ずにはいられない。

人間の興味心とは不思議なものだ。

まぁ俺もそうなのだろうが、今回は興味心どうこうではなく事件として知る必要がある。

何か手がかりを探さなければ…

しかし、この状況をどうするか…

そう思いながら野次馬に囲まれたマンションの入り口を見る。

入り口からは警察官がせわしなく出入りを繰り返している。

ここに潜り込むのは少々骨が折れるぞ…

マンションの住人のふりをしてマンションの中に入れたとしても事件が起こった部屋までは入れないだろうし…

ひとまず話を聞いてみるか。

「すみません」

野次馬たちのようななんともいえないような表情をつくりながら、俺は野次馬の対応に追われている若い警察官に話しかけた。

「はい、なんですか?」

「あのーやっぱり殺人事件なんですかね?」

警察官は少し黙った後答えた。

「はい…そうです」

「どの部屋の人なんですか?」

「301と聞いてます。自分は下っ端なので詳しくは…」

「…」

「部屋の中はそうとう酷いみたいです」

「そうなんですか……やっぱり…前の事件と同じか」

「え?なにか?」

「い、いや、なんでもないです。どうやって発見されたんですか?」

「自分はよく知らされてないので詳しくは…聞いた話だと被害者の友達が迎えに来たときに鍵が開いていて発見したらしいです」

「なるほど…わざわざありがとうございました」

そう警察官にお礼を言ったところで、警察官の後ろの方から怒鳴り声が聞こえてきた。

「なにやってんだ!野次馬にベラベラと事件のことを話すんじゃない!」

若い警察官がビクッと震え振り返る。

この声は…まさか……

「い、いえ、自分は何も。事件のこともほとんど知らされてませんし…」

「だからといって知ってることベラベラ話していいってこたぁねぇだろうが!」

「は、はい!すみません!」

「これだから所轄は…聞いてきたやつが犯人かも知れんぞ?」

そう言いながらこちらを伺ってきた厳つい男に俺は見覚えがあった。

「お、おまえは!」

「お、お久しぶりです。美濃部さん」

「まぁたお前か!俺の来るとこ来るとこ湧き出やがって」

「そんな、人を蛆虫みたいに言わないでくださいよ」

この俺にいきなり怒声を浴びせてきた男。

警視庁捜査一課課長、美濃部剛一郎。

いわゆるノンキャリアの叩きあげというやつで、その名前や厳つい風貌の通り、恐ろしく頑固者である。

俺は過去、事件を追う仮定で何度となくこの男に遭遇し、目を付けられ、しまいには拘留されたこともある。

つまりは俺の天敵ともいえる男だ。

「まだこりとらんのか!?それともまた拘留されたいのか!?」

「そ、そんなわけないじゃないですか」

「…お前…この事件に関わってるんじゃないだろうな?」

「いやいやいや、そんなまさか!」

「じゃあなぜ事件のあるところあるところにお前がいるんだ!」

「そ、それは事件マニアだってことで落ち着いたじゃないですか」

「俺はそんなもんで誤魔化されんぞ!さっさと帰らんか!」

「そんなー、少し事件に関して教えてくれるだけでいいんですけど」

「ふざけるな!いつか化けの皮をはいでやる!ともかく、ただの野次馬でさえ話すわけにいかんことをお前などに話せるか!帰れ!」

こうなってしまってはやむおえない。

とりあえずは退散するとするか。

「わかりましたわかりました。帰るから怒鳴らないでください。課長の美濃部さんが来たってことは、美濃部さんがこの事件の捜査本部の本部長ってことですよね?ならこの事件はすぐに解決しそうだ」

「うるさい!お世辞などいらん!」

「は、はいはい、帰ります」

たいした収穫もなく車に戻った俺にルナが話しかけてくる。

「どうだった?」

「美濃部のおっさんがいた」

「収穫無し…か」

「しょうがない…」

携帯電話を取り出す。

「天堂?」

「ああ」

「私アイツ嫌い」

「俺も好きじゃないが、仕方ないだろ」

そういいながら天堂の番号に電話をかける。

「どうもー!」

天堂はすぐにでた。

相変わらず軽い感じの声が聞こえてくる。

「電話かけてきたってことはやっぱりダメだったみたいっすね」

「まぁそういうことだな」

「写真送ればいいんですか?」

「ああ、頼む」

「えーそれが人に物を頼む態度ですかぁ?」

「…わかった。悪かった。送ってくれないか?」

「ははは、じょーだんですってば!俺とファルコさんの仲じゃないっすかー!と言うかもう送ってまーす!パソコンで確認してください」

「そうか、ありがとう」

パソコンを開き送られてきた写真を確認する。

さっき行ったばかりのマンションの概観、例の部屋の前の廊下、そして部屋の中の惨劇の様子が隅々まで写されていた。

横から覗き込んだルナも嫌な表情をする。

「前の事件と同じだ…ひどいな」

「そうっすかね?もっとひどいのも見てきたじゃないですか」

「そういう問題じゃない」

「ふーん。ところでいつも思ってたんすけど、なんでファルコさんはいちいち現場見にいくんですか?写真ならいつも渡してるじゃないですか」

「どうやって撮ってきてるか毎回不思議だけどな…」

「それは企業秘密ってことで!で?なんでなんですか?」

「…写真だけじゃわからないこともあるだろ。些細な証拠とかな」

「いやー、そこらへんも隅々まで撮ってると思うんすけどねぇ」

「現場に犯人がいるかもしれないしな。自分が起こした事件の現場を見に戻ってくる犯人は多い」

「そりゃそうですけど、なんなら野次馬の写真も用意できますし」

「だからどこからそんなもん…」

「企業秘密ですってー」

「はぁ、まぁそれを抜きにしても現場に行く意味が俺にはあるんだよ。写真だけで見ていては見えてこないものもある。証拠がどうこうってことだけじゃなくな。そうしないと事件を解決することがただの作業になってしまう気がする。人が死んだりすることが普通のことに感じるようになったら終わりだ」

「そんなもんっすかねぇ?いつまでたっても慣れないときつくないっすか?」

「そりゃそうだけどな」

確かに慣れは必要だ。

こんな写真を見て毎回吐いてたんじゃ仕事は出来ない。

昔と比べるとそういう耐性はかなり付いた。

だからといってこういうことが当たり前だと思いたくはない。

だから自分の目で現場を確認したい。

「誰か」が殺されたんじゃなく名前も生活もある一人の人間が殺されたんだと感じたい。

感じなければならない。

ただ事件を解決したいからこんな仕事をやっているわけじゃない。

その事件で被害にあっている人を救いたいからこそ俺はこの仕事をやっている。

「ふーん。俺はそんな面倒なことやりたくないですけど」

「お前は別にそれでもいい。俺はそんなお前みたいになりたくないってことだ」

「ほえー相変わらずきついですねぇ」

「とりあえず写真のことは礼を言っておく。また何かあったら連絡頼む」

「了解です。まっちゃっちゃと解決してくださいよ!お偉方もそう望んでるでしょうし。ではではー」

ツーツー

「やなやつ」

そう言いながらルナがしかめっ面をしている。

「聞こえたか?」

「ばっちり」

ルナの帽子が少し動く。

「だけどあいつの情報はありがたい」

「それがまたムカつく」

「まぁ気にするな」

さて、ひとまずはこの写真を見てみるか。

そう思いながら改めてパソコンの画面に表示されている写真を見る。

写真のデータにはそれぞれ丁寧に「ベッド・血痕1」などの説明書きがされてあった。

まずは部屋全体の写真を見てみる。

被害者や部屋が変わった以外は前の二件とほとんど変わらない。

そこら中に血が飛び散っているひどい有様だ。

次に被害者の写真を見てみる。

「被害者・時田真由・20歳」と説明が書かれている。

その他にも「抵抗した形跡なし」などの説明書きもされていた。

前の二件も抵抗した後は無かった。

恐らく寝た後に襲われたのだろう。

もしかすると薬物などで自由を奪われた可能性も考えられるが、前の二件では薬物を使われた形跡は無かった。

まだ科捜研の検査結果は出ていないとはいえ、恐らく今回も使われていないだろう。

もし何かあれば天堂が連絡してくるはずだ。

昨日の美恵子さんの部屋で起こったことを考えると、この部屋でもベッドの下に隠れていたのだろうか…

しかし…

鑑識の調べでは前の二件は遺留品を残していない。

そして今回の写真にも「遺留品・指紋等無し」の説明書き。

昨日俺たちが見た煙の男。

アイツはそんなに計画的だっただろうか。

あっさり見つかり、悲鳴を上げられ、何もすることなく逃げていった。

いや、煙だから髪や指紋は残らずそれらも煙になってしまうのか?

服さえも煙になっていったことを考えるとそう考えられなくも無い。

だが、煙になれるのにあんなに簡単に見つかるだろうか?

殺人が起こった三件は誰も気が付かなかったことを考えると声も出さずに殺されている。

今回の発見は早かったが、それはたまたま迎えが来たからであって、他の二件は殺されてから発見されるまで時間がかかっている。

それほど誰にも気づかれず殺している犯人が昨日のようなミスをするのか?

たまたまか、それとも…

まだ結論を出すのは早すぎる。

煙の男の正体がなんなのかの情報もほしい。

…………じいさんに連絡してみるか。

じいさんなら捕まえる方法も知っているかもしれない。

そう思った俺は電話を手にして「鳳光寺」の番号に電話をかけた。
「だめ、見失った」

そう言いながらルナが帰ってきたとき、俺はちょうど美恵子さんの隣の部屋の住人と話を終えたところだった。

「すみません。お騒がせいたしました」

「いいえ、お気になさらずに、それでは」

そう言って学生と思われる隣の部屋の住人はドアを閉めた。

「何か聞かれた?」

ルナが小声で話しかけてくる。

「まぁ、聞かれたには聞かれたけど、喧嘩がエキサイトしたってことにしておいた。煙の男が―、なんて言っても信じないだろうしな」

「確かに……喧嘩で信じた?」

「さぁ?実際のところはあんまり信じちゃいないとは思うけど、だからといって詮索するものでもないって感じだったから大丈夫だろ」

「現代人の無関心ね」

ルナがヤレヤレといった様子で言う。

「そんなとこだな」

現代人、特に都会では他人に無関心なことなんて珍しくもない。

それがいいこととは思えないが、今回のような場合はあれこれ説明しなくていいから好都合だ。

「んで、あいつはやっぱり見失ったのか」

「うん…」

ルナが落ち込んだ顔をする。

「途中までは追えてたけど…」

「いや、あれはしょうがない。完全に煙に変わられちゃ匂いや音で追っても結局捕まえられないからな。お前は悪くないよ」

「そんなのあたりまえでしょ」

「な、ならいいけど」

相変わらずこいつは…

まぁ、本当は落ち込んでるのがわかってるし、あえてなにも言うまい。

さて、次はあっちをどうするかだな。

目線を移した先では、まだ二人が抱き合って泣いている。

「ごめ……んごめん……ね、わた…し、瑠花の……こと、信じ…てなくっ……て…」

「いいよ……美恵…子が、無事…だったん……なら…」

さっきからずっとこの調子だ。

友達が助けてくれた、助かった、確かに嬉しいことだ。

だからといってこのまま廊下で泣き続けられても困る。

とりあえずは部屋に入ってもらわないと……

「ちょっと、いいですか?泣きたい気持ちもわかりますが、一旦部屋に入りませんか?」

二人がこちらを向く。

涙と鼻水でグシャグシャだ……

「と、とりあえず、落ち着くためにも部屋に入りましょう。もうさっきのやつはいませんし自分たちもついていますから」

二人そろってコクンとうなずく。

ヨロヨロと立ち上がる二人を支えて、俺たちは部屋の中へ入った。





「だいぶ落ち着きましたか?」

「…はい」

「…はい」

美恵子さん、藤ヶ崎さん二人同時に返事をする。

たくさん泣いたので二人とも眼は腫れあがっていた。

しかし、涙や鼻水は拭いたため、こう言ってはなんだが、さっきよりはだいぶんマシな顔になっている。

「それはよかった。では、少しお話させていただきますね。えー、まず霧島さん。すでに部屋に入っておいて今更自己紹介というのも申し訳ないのですが、自分は私立探偵をやっている早川というものです。そしてこいつは妹のルナ。ついてきただけなので気にしないでください」

美恵子さんは少し「え?」と驚いた様子を見せたものの、特に聞いてくるわけでもなかったので俺は続けた。

「今回、藤ヶ崎さんの依頼であなたの警護をしていました。依頼とはいえ勝手に監視していたことをお詫びします」

「い、いえ、瑠花も早川さんも私のことを思ってのことだし、こうして助けていただいたのに、そんなふうに謝らないでください。ほんとうにありがとうございました」

「そういっていただければこちらとしてもありがたいです。霧島さんに何事もなくて本当によかった。さっきのアレを捕まえることが出来ればベストだったんですが…力及ばずすみません」

「そんな、探偵さんは悪くないですよ!あんなのを捕まえろってほうが無理です!そりゃあ捕まって欲しいとは思うけど……」

残念がる俺に藤ヶ崎さんがフォローを入れてくれた。

「ありがとうございます。でもアレがなんであろうと何とかして捕まえてみせます。そのためにもお二人にお話を伺いたいのですがよろしいですか?」

「はい」

「はい」

二人が頷く。

「でもその前に!」

話し出そうとした俺を藤ヶ崎さんが制止した。

「はい」

「ルナちゃんの事を聞きたいんですけど」

くそ、覚えていたか。

あの状況だったから誤魔化せるとも思ったが、さすがに無理だったようだ。

違う話かもしれないから、とりあえずはわからないふりをしてみるか…

「ルナがどうかしましたか?」

「どうかしましたか?じゃないですよ!ルナちゃんにあんな危ないことさせて!」

やっぱりそのことか…

「助けてもらうのは嬉しいですけど、あんなことさせてルナちゃんに何かあったらどうするんですか!?」

「そ、それは、いや、ルナは護身術を習ってるんですよ。だから大人の男でもそう簡単にやられませんから」

「そういう問題じゃないです!」

「は、はい」

「それにベランダから登ってくるなんて危なすぎます!あんなとこどうやって登ったんですか!?ルナちゃん!どうやったの!?」

俺からルナに視線を移して藤ヶ崎さんが続ける。

「落ちて怪我したらどうするの!?死んじゃうかもしれないのに!」

「大丈夫」

ルナが呟く。

「大丈夫じゃない!」

ルナを気遣ってくれるのはありがたい、ありがたいがすごくめんどくさい。

「下から飛び上がってきた」なんて正直に言ったところでまたややこしくなるだろう…

さて、どうしたものか…

「ロッククライミング」

またルナが呟く。

おい、それはさすがに無理があるんじゃないか?

だが…「飛び上がった」よりはましか?

「ロッククライミングやってるの?」

「うん」

「…」

藤ヶ崎さんが少し考え込む。が

「でもやっぱりダメ!命綱だってないんだから!」

ダメだ。

このまま続けても拉致があかない。

「わ、わ、わかりました。もうルナにはこんな真似はさせませんから!もうそろそろ本題に入らせてください」

俺は精一杯の懇願の表情で訴えた。

「……ほんとうですね?」

「はい、絶対にさせません!」

「…それなら、いいです」

藤ヶ崎さんが落ち着いたことで、黙っていた美恵子さんが口を開いた。

「あの、私からもお願いします。私は妹さんがベランダに登ったところを見たわけではないですけど、本当なら危ないですから…。自分のために妹さんを危険に晒したくありません」

「はい、藤ヶ崎さんも霧島さんもルナの心配をしていただきありがとうございます。今後はこのようなことはさせませんから」

多少動きづらくなるが、今はこうでも言っておかないと収集がつかなそうだしな…

「な?お前もこんなことはもうしないよな?」

俺はルナの方を見て目配せをしながら言った。

ルナは「ふぅ」と軽くため息をついて頷いた。

はぁ…これでやっと話を聞ける……

「さて、ではそろそろお話をお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい」

「はい」

二人が同時に返事をする。

「ありがとうございます。ではまず霧島さん」

少し間をおき、美恵子さんの目を見て続ける。

「アレ、あの煙の男についてなにか思い当たることはありませんか?」

「うーん」

と美恵子さんが考え込む。

次に俺は藤ヶ崎さんのほうを見て続けた。

「藤ヶ崎さんにも一度お話はお伺いしましたが、今日あらためて見て何か気づいたこと、思い出したことがあれば話していただきたいのですが」

「うーん」

やはりこちらも考え込む。

そりゃそうだ、煙の男について何か知っているか?なんて聞かれて知っていると答えるやつなんてこの世の中にはそうないだろうからな。

さて、どうしたものか……

とりあえず煙の男からは離れて考えてみるか。

「それでは一旦アレ、のことは忘れましょう。もしくはアレが煙になるということは忘れましょう。ただの男だったとして考えていただいてかまいません。その上で何か思い当たることはありませんか?襲われる理由に、いや、現時点ではほんとうに襲ってきたのかもわからないですし、ただ男が来た理由に何か心当たりがあればそれでもかまいません」

「いえ!アレは絶対に美恵子を襲うつもりでした!」

藤ヶ崎さんが少し声を荒げて言う。

「ま、まぁ普通に考えればそうでしょう。しかし決め付けてしまっては見えてくるものも見えなくなる可能性がありますし……それとも襲われる理由があるんですか?」

「そんなのないです!美恵子は人に恨まれるような娘じゃないんです!」

「は、はい。わかりました。」

たじろぐ俺に美恵子さんが助け舟を出してくれた。

「瑠花!早川さんだって仕事で聞いているだけだから。そう言ってくれるのはうれしいけどね」

「う、うん」

「でも、瑠花が言ったことは本当です。襲われる心当たりはありません」

「そうですか……」

もし無差別なら残念ながら俺とルナだけでは防ぎにくい、だからある一定の基準のもとで殺しをする秩序型の犯人である可能性にかけて今回美恵子さんを警護した。

秩序型の犯人はそうそうターゲットを変えない。

少なくともターゲットの傾向は同じだ。

張り込み中に藤ヶ崎さんから聞いた話によると、前の被害者二人と恵美子さんは知り合いではないらしい。

二人の被害者の大学は同じだったが、美恵子さんとは別の大学。

共通なのは女子大学生ということくらいだ。

しかし、俺には美恵子さんと前の被害者たちとの共通点が女子大学生ということくらいしかわからなかったとはいえ、一回襲おうとしたということで、犯人にしてみればそれかそれ以上の何らかの共通点があるものとして考えていた。

そして、秩序型なら一度逃した獲物をもう一度狩りに来るだろうと考えていた。

そしてその予想は当たったが……

本人に心当たりはないし、前二件との共通点もないとなるとやはり無秩序型、無差別なのか……

しかし、無差別だと一度侵入したのが藤ヶ崎さんにばれているのにもう一度来るのはおかしい。

ばれていたのに気がついていなかったとしても、ターゲットが誰でもいいにもかかわらず、一回失敗した部屋にもう一度来るというのも頭の悪い話ではある。

それともばれていたのがわかっていたからこそ口封じに来たのか?

それなら藤ヶ崎さんを襲うはずだが……

ここが藤ヶ崎さんの部屋だと思っていたのか……

いくら考えても、現状では犯人の特定はおろか、被害者がどういった基準で狙われるのか、それとも無差別なのかということすらわからない。

「わかりました。しかし、心当たりがなくとも2度襲われかけたことは事実です。このまま警護は続けさせていただきますが、問題はありませんか?」

「はい、すみません。ありがとうございます。」

「いいえ、仕事ですので」

「ところでこの警護の料金はどうなってるんですか?」

そう美恵子さんが言うと今まで黙っていたルナが

「それは―」

「あーあーあーあー」

と話そうとした瞬間に藤ヶ崎さんがそれを遮った。

なるほど、美恵子さんには知られたくないわけか。

「どうしたの?そっか、瑠花が依頼したって―」

「ち、ち、違うよ!わたしが払ってるわけじゃないよ!」

「瑠花はそういうのがわかりやすいんだよ。早川さん、いくらなんですか?私が払いますから」

どうせ元から料金なんてとらなくても、調査費はあそこから入ってくるわけだし、ここはあわせておいてやろう。

「いえいえ、瑠花さんからお金はいただいていませんよ。他のところからちゃんと調査費は出てますので気にしないでください」

「そう…なんですか?」

「はい」

「それなら、いいんですけど、なんかお金も払わないのに警護されるなんて悪いです」

「それは気にしないでください。今は自分の身の安全だけを考えていただければいいんですよ」

「はい、ありがとうございます」

どうやら信じたようだな。

こんな嘘なら別についてもいいだろう。

「さて、今日のところはもう遅いので自分たちは部屋から出ます。もちろん外で警護は続けますが、藤ヶ崎さんはどうしますか?藤ヶ崎さんが狙われた可能性もゼロではないのでできればこの部屋にいてくれると助かるのですが」

「わたしはいいですけど…」

そういいながら藤ヶ崎さんは美恵子さんの方を向く。

「もちろん私もその方がいいです」

「ありがとう」

「何言ってるの。それはわたしが言うことでしょ」

二人はそう言って笑いあった。

二人の仲は完全に修復されたようだ。

あとはアレさえ捕まえることが出来れば完璧なんだがどうしたものか……

さすがにアレでただの人間ということはないだろう、霊か別の生物かそれとも……

とりあえず明日じいさんに連絡してみるか、あの人なら何か知っているかもしれないし。

ともかく今日は警護に集中しよう。

「それでは、自分たちは玄関の前にいますので鍵は開けたままにしておいてください。よし、ルナ、行くぞ」

そう言って出て行こうとする俺たちに向かって美恵子さんが声をかける。

「あの」

「はい、なんですか?」

「中にいてくれてもいいんですけど…」

キョトンとした俺に対して美恵子さんは続ける。

「ほ、ほら、その方が心強いですし。それに妹さん?もいることですし」

一理あるが…

「た、確かにその方が警護しやすくはありますし、妹のことを気にかけてくれるのはうれしいのですが、さすがに男を部屋に入れて一晩ってのはどうかと」

「そんなこと気にしないでください。その方が安心できるからお願いします。瑠花も大丈夫だよね?」

「うん、私も探偵さんいてくれた方が安心です。ルナちゃんも部屋の中がいいよね?」

「うん」

「おい、ルナっ!」

「いいじゃないですか。ルナちゃんもこう言ってることだし」

「しかし……」

「あんまり拒むと逆に変なこと考えてると思われますよ?」

「い、いやいや、考えてないですよ!」

「じゃあきまりですね」

藤ヶ崎さんが笑いながら言った。

「よろしくお願いします」

それに続いて美恵子さん。

はぁ、しょうがない。

確かに警護には好都合だ。

ここはありがたく部屋の中にいさせてもらうか……

それにしても襲われた直後にこのテンションとは恐れ入る。

まぁ、俺がいることで安心してそうなってくれているのだったら、少し恥ずかしいが我慢するとしよう。

「はい、では中で警護させていただきます。すみません」

「探偵さん緊張してます?」

「…そりゃあ、多少は」

「リラックスしましょうよ。緊張してちゃ美恵子を守れないですよ?」

君はリラックスしすぎだ……

「あの、依頼者に口答えするのもなんなんですが、藤ヶ崎さんはちょっと緊張感もったほうがいいかと…美恵子さんからも何か言ってください」

そういったところで美恵子さんと言ってしまったことに気づいた。

「あ、すみません。霧島さん」

「私がずっと美恵子って言ってたからつられちゃったんですね」

そう言って藤ヶ崎さんは笑っている。

「ほんとにすみません」

自分でも少し顔が熱くなり赤くなっているのがわかった。

視線の端のほうでルナが「プププ」と笑いをこらえている。

こ、こいつ……

なんともいえない表情の俺に

「気にしないでください、その方が呼びやすいなら美恵子でかまいませんよ?」

と美恵子さんがフォローを入れてくれた。

「す、すみません。しかし…」

「じゃあ私も瑠花ちゃんでお願いします」

はぁ…ただでさえ困っているというのに藤ヶ崎さんが話をややこしくしてきた。

「いえ、ちゃんと苗字でお呼びしますから」

「まぁまぁ、瑠花は言い出したら止まらないんで。私は美恵子、瑠花は瑠花、でいいですよ」

「うーん……では、その方がいいとおっしゃるのでしたらそう呼ばせていただきますね。ほんとすみません」

「よし、探偵さん。私を呼んでみてください」

だからどうして藤ヶ崎さんはこうも話を……

…しょうがない、言うしかないか……

「瑠花…さん」

「ちゃんじゃないんですね。でもまぁ、一応合格です」

ん?なにか俺は試験をしてたっけ?

調査も疲れるがこんなやり取りもそうとう疲れるな。

「と、とりあえず早いとこ今日は寝ましょう。お二人とも疲れたでしょう?自分がしっかり見張ってますからゆっくりやすんでください」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

ふぅ、これでひとまずは安心だな。

「では自分は玄関の前に座ってます」

そう言って玄関のほうへ移動する。

ルナもこっちへ来い、と言おうとしたが

「はーい、んじゃルナちゃんは一緒に寝ようね」

とルナは捕まってしまったようだ。

そして瑠花、さんの呼びかけにルナは素直に応じたようだった。

ルナが人と仲良くなる機会は多くないのでうれしいことといえばうれしいことなんだが…

まぁルナはほとんど熟睡しないから、注意して帽子さえ脱がなければばれることもないだろう。

もしかしたら瑠花、さんが何か言ってくるかもしれないが、ルナもその点は譲らないはずだ。

一人は二人のすぐ近くにいたほうがいいだろうし、部屋の中は任せておくか

そう思いながら俺は玄関の傍に腰を下ろした。






チュンチュン

すずめの鳴き声が聞こえ出したので、時計を見る。

針は7時すぎを指していた。

結局昨夜はあの後何も起こらなかった。

明るいうちに出てくるとは考えにくいから、今日の夜まではひとまずは安心と言うところか。

昼間の間は調査をしておきたいが、いったい何からやるべきか…

やはりまずはじいさんに連絡を…

そう思いながらポケットから携帯電話を取り出すと同時に着信音が鳴った。

ピピピピピピ!

寝ている二人を起こさないように、玄関を出て改めて携帯を見た。

ディスプレイには「着信 天堂」の文字。

通話ボタンを押し電話を取る。

「もしもし」

「あ~ファルコさん。天堂です」

スピーカーからひょうひょうとした声が聞こえてくる。

「早川、だ。で?何か情報か?」

「まぁまぁ、ファルコさんでいいじゃないですか。それにしてもいきなり何か情報か?はないでしょう。ちゃんと仕事してますか?」

「はぁ…」自然とため息が出る。

「仕事はちゃんとやってる。昨夜、煙の男に会ったよ。情報どおり本当に煙になって消えてしまったけどな」

「ほほ~捕まえられなかったんですね~。ファルコさんとあろうお方が珍しい」

「俺を評価してくれるのはうれしいが、そうそう簡単に捕まえられる相手じゃない。それとも皮肉か?」

「まっさか~ファルコさんに皮肉なんて言うわけないじゃないですか。でも今回は確実に失敗だったんじゃないですか?」

「どういうことだ?」

「逃がしたのはまずかったってことですよ」

「はっきり言え、何かあったのか?」

「いえね、でちゃったんですよ」

「なにが」

「新しい被害者、です」

そんなまさか…あの後他の人間を襲いに行ったってことか!?

「どこでだ!?」

「山城ヶ丘ってとこです。そろそろニュースにもなるんじゃないですかね?」

「山城ヶ丘!?隣町じゃないか!」

「ですね~被害拡大したみたいですね~」

「死亡推定時刻はわかるか?」

「え~っと、○○時です」

「○○時だって!?」

「どうしました?何か問題でも?」

「俺たちが昨夜煙の男に会ったのが大体その時間だ。そしてその後も少しルナが追跡していた」

「へ~それが本当だとすると城ヶ丘までいくのは無理がありますね」

「そうだ」

「といっても死亡推定時刻は、推定とはいえほぼ間違いないですよ」

「わかってる」

「まっ俺は伝えることは伝えたんで切りますよ。新しい現場への地図はすぐ携帯に送っておきます。なんにしても早く解決できるといいっすね~。それでは~」

天堂からの電話は切れた。

ツーツー

回線の切れた音だけが残る。

…どういうことだ。

確かに俺たちはその時間アレを見た。

しかし、その時間に被害者が出た……

アレはそんなに一瞬で移動できるのか?

それともまだ他にも犯人がいるのか?

クソッ!

一安心したのもつかの間、今その安心は脆くも崩れ去った。