あこのブログ -19ページ目

あこのブログ

社会人5年目の長男と、
大学3年生次男と、旦那の4人家族です。
子供2人家を出たので、
今は旦那さんと2人+愛犬の暮らしです。
長男は愛犬に会いに毎週末は帰ってくる習慣に。
その時の気分でブログを投稿してます。

わたしが生まれてから
お嫁にいく21歳の誕生日を迎えるまで

同居していたばあちゃん。


私が幼い時のばあちゃんのイメージは

畑仕事をするしつけに厳しいばあちゃんだけど、優しいばあちゃん。


靴をそろえてなかったり、箸の使い方が悪かったり、言葉が悪かったりすると

色々言われたなぁ〰

女の子なんだから。と、、、。


でも、働く母の代わりに、煮物を作ってくれたり

一緒にお風呂に入って、

「ひーふーみーよーいーむーなーやーこーと」

一緒に数えたなぁ。

収穫したトマトや

きゅうりに塩振って2人で食べたりした記憶が 残ってる🍅🥒


私が子供達を連れて実家に行くといつも

嬉しそうに、大きくなったなぁ〰

また、背が伸びたね〰と言ってたな。


帰る時には子供達が好きなガチャガチャをする為に貯めてくれた100円玉をくれたりしたなぁ。

って思い出す。


昨年春に会った時は元気で、

耳は遠くなったかな?とは思ったけど、

受け答えもしっかりしてたしウシシ


私が帰る時はいつも
また来るからね。っていつも手を振ってパー


昨年4月末に父から電話があって
話を聞くと、、、


「実はなばあちゃん息が苦しいって言って、

入院してる。先生が言うにはGWが終わるまで

持たないかもしれないって言われてる。

だけど、コロナの影響で病院に入れないから

孫のお前は面会もできない。 

だから、顔を見れるのは亡くなった後になるだろう」と。


電話を切ったあとに、頭の中がパニックになりながら、びっくりして信じられなくて涙が溢れた。


春休みに会った時は元気だったのに?
なんで?って

心の準備も何もない状態で過ごす時間は
不安だった。

でも、ばあちゃんは頑張った。

GWを越せれないかも。と、言われてたのは嘘みたいにポーン


身体の状態は劇的に回復はしなかったみたいだけど、食事をとれるようになって、

看護婦さんもお医者さんもびっくりしたとにひひ


9月末に、親から連絡があって

ばあちゃんはあと1ヶ月は耐えれないかも。と、、、

危篤状態だからと5分までなら面会が許されると聞いて、仕事が休みの日に私1人実家に帰った。


会話は出来なかったけど、

ちゃんと私を見て、私のことをわかってる

みたいだった。

ばあちゃんは眉毛が成長中で、、、笑


ばあちゃんの眉毛を触りながら、

ばあちゃん、眉毛成長中やね。って言ったら笑ってた。


帰る前、じゃ、また来るからねって言ったら

握ってた手に力を入れて、ギュッと握り返してくれた。


たった5分の面会だった。

たった5分の面会だったけど、

心の準備は出来てたし、

いつもの感じで会いに行けてよかったと思った。


3月末に会ってから、次会えたのは

危篤だと言われたから許された面会の

10月入ってから。


結局私の旦那さんも子供達は面会できなかった。コロナなんかじゃなければ、

もっと面会行けたのに。


もっとたくさん、会いたい人に会えたはずなのに

コロナなんかじゃなければ、、、


ばあちゃんは、入院中さみしかっただろうなと、、、、。


コロナなんだから、仕方がない。

わかる。わかってる。

だけど、やっぱり思う。

コロナなんかじゃなければ、、、。と。


でも、亡くなったのは金曜日。

お通夜、お葬式は土日にすることが出来、

子供達も、旦那さんも一緒に行けて

よかったと思った。


ばあちゃんは、じいちゃんや御先祖さまと

一緒だから寂しくないかな照れ


今まで頑張って寿命を生き抜いたばあちゃん。

ありがとう。お疲れ様。


これからは、空から見守っていてね!