長文です。
東日本の大震災そして福島第一原発事故からちょうど5年。
5年前の3月11日は珍しく代々木の事務所で事務仕事をして
おりました。他の営業達は皆外出中で会社には私と経理の
女性の2人。「Aさん、M地所さんからの注文書のメールを
転送するから処理よろしくね~!」と送信ボタンをポチっと
した瞬間、グラグラと揺れ始めました。「うん!地震!??」
と女性を顔を見合わせた瞬間、かなり大きな横揺れ。
「この地震いつものとは違うとおもいませんか!??」と女性。
「せやな!なんかやばいかもしれないから一度外に出よう!」
すでに事務所の書棚からは資料関係がどさどさっと落ち始め
ておりました。
外に出ると、営業車がまるでゴムまりの様にバウンドしており
近隣の高層ビルは激しく横に揺れ、地面はヌメ~っと大きく左右
に滑るように動き、電線の揺れと樹木の揺れがぶつかり合って
ワサ~ワサ~と気持ちの悪い音が響き渡っていました。
(この時の地面の横揺れは、まるでゴンドラに乗って高所作業
をしている感覚とそっくりだった事を覚えてます)
阪神淡路の教訓で大きな地震を感じたら、感じた方から連絡を
するというのは我が家の決まり。千葉の船橋に研修中の嫁の携帯
を鳴らす。揺れ始めて間もない頃はまだ携帯もつながりやすい。
嫁の安全を確認、同僚と一緒に行動するよう指示をして次は
大阪の実家に電話。関東ででかい地震やけど俺も嫁も大丈夫と
だけ伝えると、大阪も揺れたと言っていた。
その瞬間、後方上部を走っている首都高4号線の橋脚から
「バリバリ!」と割れるというか裂ける様な音が!一瞬
首都高崩れたか!と思い振り返ると取りあえず形状はとどめて
いたので一安心。幸いお隣が明治神宮だったでそちらに避難
を始めるとすでにヘルメットをかぶった近隣のサラリーマンで
ごったがえしておりました。北参道の入り口付近にある消防署
の前に着くと2回目の大きな揺れ。「バキバキバキ!」と
とにかく恐ろしい音が響き渡った事を覚えております。
その揺れが収まった頃、携帯のワンセグでTVを見てみると
この地震は東北が中心と初めて知り、すぐさま悲惨な映像
を目にすることに。あの津波の映像がなかなかピンとこず、
「何??この映像??」昔住んでいた事がある仙台。よく
知っている名取や空港に押し寄せる津波。まるでフィクション
の映画を見ているかのよう。しかし、これがノンフィクションで
あることに、恐怖を感じただただ「嘘やろ~」を連発していた
ように思います。
しばらくして事務所に戻り、とにかく唖然としていると翌日
の12日は赤坂でゼネコンの現場があったことを思い出し、現場
事務所に電話。案の定繋がらずとりあえずメールで明日の作業
はどうなるか指示を仰ぐとすぐさま返信が。「うちのビルは被害
がないので予定通り8時の朝礼から参加するように!」
またまた連発「嘘やろう!」w
正直花小金井の自宅がどうなっているのか気にはなってたので
帰宅したかったんですが、この状況では電車がまともに動くか
わからず道路状況も見えないので車も断念。結局会社に泊まる
事にしたんですが、ふと思ったのが新宿三丁目はどうなってるん
かな?行きつけの店のマスターに連絡をすると連絡がつきとり
あえず店に行ってるというので結局朝まで新宿三丁目で過ごす
事に。幸い新宿からだと赤坂までも移動がラクやし。
夜中も余震が続き、普段はスポーツ中継を流している大型の
モニターも一晩中地震のニュース。モニターからも地震速報の
発信音、携帯からもアラームが鳴りっぱなし。仮眠もそこそこに
翌日赤坂の現場へ。そこには何事も無かったかのように、通常の
朝礼風景。なんかごっつう違和感を感じました。
結局花小金井に戻ったのは12日の16時くらいだったと思います。
とにかく部屋がどうなっているのか?幸い食器が数個割れて
受信機が吹っ飛ばされていた程度で思ったほどの被害は無く安堵。
その後嫁も無事帰宅。
長かった3月11日から12日はなんとか過ぎ去っていったのですが
TVでは何やら福島第一原発が爆発したと報じているではありませんか!
福島第一原発と言えば、昔6号機の外壁にフィルムを貼りに一週間ほど
作業で入ったことがあり、背筋に冷たいものを感じました。
東北の被災者の方々にくべれば屁の突っ張りにもなりませんが、
関東もこのあと、放射線量の増大・飛散、計画停電、物資・ガソリン不足と
不安な数カ月を送る事になったのですが、そんな中たびたび関西から
携帯に連絡が・・・!
「なんか困ってたら連絡せえよ!出来る限りの事はしたるさかいにな~!」
何とも嬉しいかぎりでした!ww
あれから毎年奈良の仲間は南三陸町に「最低2人は笑わせろ!」
というスローガンのもとにボランティア活動を行っております。
本当に頭が下がる思いです。
俺にできる事ってなんやろう?
5年を迎えた311のTV、ラジオを見ていて再度考えさせられた
花小金井なのであります。