“いい親”じゃなくて、“私らしい親”でいい
子育てって、本当に勉強になりますね。今回は、”私らしい親”であることの大切さのお話です。私は、長男を小学校受験させようとして、息子が年中さんの時に塾に通わていました。その時の息子への想いは、社会で成功して立派な人になって欲しい、とか、選択できる職業が無いという事態にならないように、とか、とりあえず今から勉強やっておけば安心だろう、と思っていました。小学校受験を乗り越えられれば、社会でも上手く生きていけるだろう、という固定概念がありました。そして、今にして思えば、その裏には、「このままの息子では生きていけない」という不安というか、信頼しきれない気持ちがあったと思います。息子は決して、できない子ではなかったはずですが、そう感じていました。通塾で感じたこと息子は言われるままに、最初は楽しそうに塾に通っていました。今では考えられない程、プリントを毎日やっていました。塾では、親が教室の後ろで見学できるようになっていました。その日は、絵の描き方を教えていました。表現のバリエーションや、素材の使い方とかを教えるのかと思っていましたが、人の顔の描き方を「髪の毛はこの色を使って、このように描きましょう」とか「目はこのように書いてください」と先生が言い始めて、終わるころには、みんな同じ絵が仕上がっていました。鳥肌が立ちました。思考回路や発想さえコントロールして、同じ人間をクローンのように作っている。。。と衝撃できた。これが受験を突破するために必要なのであれば、突破した子供達は、いったい何なのだろう??と強い疑問が出てきました。うちの息子は、それでも塾に休まず通い続けることができ、年長さんの秋に受験をして、不合格でした。受験会場で受験会場で、息子は「トイレに行きたい」と急にいいはじめ、その次の瞬間には、おしっこを漏らしていました。トイレを探す時間はありませんでした。私は、一瞬慌てましたが、息子が言い出せなかったことに気づくと、自分がしていたことの罪深さに涙が出そうになりました。「大丈夫。きっとうまくいくからね」と言って、勇気づけ、受験の日を過ごしました。私は、どんな親になろうとしていたんだろう。自分らしさを大切にしたい受験が全て悪い、という事ではありません。もちろん、向いている子供もたくさんいます。ほかの子より早く問題が解けることに喜びを感じたり、ゲーム感覚で言われたようにできることを楽しめたりする子供はいます。それは、その子の特性だと思います。ただ、私は、「自分の子供をそういう子供にしようとしていた」ことが、身に染みてわかってしまい、子供の尊厳というか人格自体を否定してしまったと感じました。それと同時に、自分が自分に対しても人に対しても、「これが正しい」とか「こういう人が優秀」とか、すごくジャッジしていたことに気づきました。私自身が、高学歴だと信用できる、とか、安定した会社で勤務していると人間的にも優秀、とかそういう既成概念や固定概念のもとで、行動したり発言をしたりして、自分らしさを否定していました。恥ずかしい話、子供を見て、はじめて「自分らしさ」について深く考え始めました。自分らしくいない状態だと、穴が開いている状態なんだと思います。その穴を埋めようとして、何かになろうとしたり、自己犠牲をしたり、愛してもらおうとしたり、外に自己価値を求める。そうすると、自分を満たすことがなかなか難しくなり、「幸せ」から遠ざかります。自分らしさ、自分軸で選択するという事が、自分にとっても周りにとってもハッピーなんです。どうやって、私が自分軸を見つけたかは、また今度書きますね。それでは、また。