あなたの亡骸に土をかける
それが禁じられていたとしても
純粋なまなざしの快楽には 隠しきれない誘惑があった
どうして罪があるのだろう
どうして罰があるのだろう
骨の尖はあまりにも白く 無限につづく闇をさそった
何もかもがあざやかにみえて すぐに消えてしまう
あなたの思い出に鍵をかける
それが損なわれていたとしても
狂おしい愛情の奥底には 抑えきれない衝動があった
かけらをひろい集めながら 夢の終わりを待っていた
罪があるのは諦めているから
罰があるのは求めすぎるから
何もかもが置き去りにされて
まわる まわりつづける
朝がくれば笑えるだろうか
あの日のように笑えるだろうか
失くしたものは何ひとつないと 願う
願いつづける
https://youtu.be/5ptnDFsmSGk
ソシュールの、主体に関係づけられる話者にとって、能記(シニフィアン)は与えられたもので所記(シニフィエ)は隠されている。ラカンはこれを転倒する。能記は隠され、所記は与えられている。(表象、幻想、自我a、他者a´として)
ヤハヴェ。黙せる汝、二人称の沈黙、(モーゼ―イスラエルという)我に対して現実的なものとは決してならない潜在的話者、隠された能記。また(シナイ山という別の舞台においては)我の口によるものも含めて、それだけが語るところの汝、それ故やはり能記でありながら、それだけが顕現するところの話者としての我、潜在的沈黙、所記。
