こんにちは。

 

 

じっと手のひらを眺めてみたり、

鏡に映った自分の姿を見て

 

≪これが自分なんだ≫

 

と思ってしまいますが

実は錯覚です。

 

 

水の入ったコップを手に持ってください。

 

その水はあなたですか?

 

“コップに入った水”と“あなた”は

誰もが別物と答えますよね。

 

 

では

そのコップの水を飲んでください。

 

その水はあなたですか?

 

あなたの胃の中に入った瞬間、

その水はあなたの一部になりました。

 

 

さっきまで

“水”と“あなた”は全くの別物と認識されていたのに。

 

 

さてさて。

 

あなたの体は何からできている?

 

 

そう、食べたり飲んだりしたものからできていますよね。

 

 

お昼に照り焼きチキンを食べたとします。

 

照り焼きチキンの元となる鶏肉。

 

数日前までは1匹のニワトリとして存在していました。

 

でも、今はあなたの一部です。

 

 

 

呼吸によって取り込む酸素だって

 

さっきまでは他の生き物の体内にあったものかもしれない。

 

 

 

自分の体は自分の所有物だと思いがちだけれど

本当はただの借り物にすぎない。

 

 

常に入れ替わっているし

“自分”と“その他のもの”との境界線なんてものは

実は存在しない。

 

 

みんなひとつで

みんな同じ。

 

 

『自分だけが良ければいい』という考えでは

何も変わらないのはそういうこと。

 

 

『ひとのため』と思って行動することは

めぐりめぐって『自分のため』になる。

 

 

“自分”と“他人”の間に

実は境界線なんてものはないから。

 

 

木製のテーブルの外の晴れた日に透明なガラスの中の新鮮なきれいな水 ストックフォト