しんどい。

 

 

と感じることが異様に増えたのは何故であろうか。

 

自分でも分かってはいたが、外から見てあまりにも見ていられないレベルで

別人のように感じるのでむしろ心配している、とまで言われてしまう始末で。

 

それを伝えてもらえてよかった。

とりあえず本当にやばいのだと、自分でも認識させてもらえたので。

ひとまず意識を変えるというか、自分が今その状態であるという認識を持って、

ではこの状態でいかに平常心というか一般的によいとされる雰囲気で生きていけるか、常にそれを考えながら意識して忘れないように、忘れそうだったら思い出すように意識して、とにかく変えていかないと。

 

 

原因としては、なんとなく分かってはいる。

これを見返してみたら、ちょうど1つ前に書いたものの翌日から始まった継続的な現場がまず考えられる。

 

そこでのストレスは分かりやすく身体的にも症状が出たようで、3ヶ月ほどの間に立て続けに2度も白目が真っ赤っかになり、鏡を見たら恐ろしい妖怪のような目をしてました。

赤い色以外は全く自覚症状がないので別になんともなかったのだが、

さすがに眼科に行ってみたものの、やはりほっといて大丈夫と。1週間ほどで自然に元に戻りまして。

人から聞いた話によると、過度のストレスや疲れや睡眠不足、水分不足、などなどが原因ではないかと。それら全てを網羅したような生活を送っていたので納得。

 

 

そんな現場なら断ればいいじゃない。

って思いつくのが普通であろう。

ただ、まだ、そうじゃない、ってなんとなく思ってしまう。

 

せっかく自分を頼って依頼してくれるものに対して、

まだ、拒絶したくなるほどに達してはいないような気はしている。

 

依頼される内容について、さすがに無理と感じる部分についてははっきり伝えており、そこから改善の余地はいくらでもある、とは思っている。

初期よりはだいぶマシになったはずなので、おそらくだがそこでのストレスはある程度少なくなっているはず。

 

 

じゃあ今、何故こんなにも鬼のような状態になってしまうのか。

それを考えなければいけない。

 

5日連続でそれぞれ別現場に参加し、公演後の地方移動先ホテルにて深夜こんなことを考えてこんなことを書き続けていることが、無意味なものにならないように。

 

 

冒頭に書いたように「今のお前はおかしい」とはっきり言ってくれた方のおかげで、意識を変えようとする気持ちはちゃんと持っているつもりだ。

 

行動を、態度を、言動を、周りの人間が不快に感じないように気をつける。

 

昔の運送会社時代よりはマシなはずだが、それはまた接する人間が全く違うので、

その時のものと比較しても意味はない。と思わないと。

アルバイトや部下に指示していた時代と、アーティストに対する態度を同じように考えるのはそもそもおかしい。

 

あくまでもクライアントさん、という意識を常に持っていなくては。

多少の不快に感じる部分があったとしても、ある程度は飲み込む必要があるのは当たり前で。

もちろん話し合いで改善できる部分があるなら、話し合った方がよいのであろう。

 

 

 

ただ特定の現場だけでなく、ここ最近のいろんな現場で、「あのひとまた怒ってたよ」というような噂というか話が出ているようなことをチラッと聞いた気がするので、さすがにやばいのであろう。

 

別の業種で知り合いと話した時に、「こんな人と同じ現場で仕事したくない」という特徴が、まさに最近の自分であった。よいタイミングでその話題になったものだと。

 

自分でも感じる。

「こんな人と同じ現場にいたくない」自分になっている時があるのが。

昔とても苦手だった上司のように、まさに今の自分がなりつつあるのを感じる。

 

そもそもその部分は昔から持っているもので、表に出ていなかったものが出始めているだけ、とも考えられるが、それで片付けてはだめだと。

 

 

 

自分がもう少し、適当というか、誰かに頼るというか、そんな方向になった方がよいのか、とも思ったりする。

そうしたら今よりもう少しは、誰かを頼る人の気持ちが理解できるのかもしれない。

 

 

「自分のことは自分でやる」

それを基本として生きてきている自分にとって、受け入れ難いというか信じられないレベルで話がくる場合もある。まぁその話はいまはいいか。

 

 

「誰かに何かをしてもらう、与えてもらう」

ようなことが普段の生活ではないと感じているが、実はあったりして。

 

 

たまに参加する現場で帰る方向が同じだからということで同乗させてもらう時など、素直に嬉しい。そこは素直に甘える。帰りの道中も話しきれないほど話し続けて、最寄駅に着くのが早すぎると感じるほどに。

同世代ということもあってかその現場については、自分にとってオアシスのような存在になっている気がする。1日を終えた時の達成感や充実感がとても良い。

ちょっとしたことでも喜び合えてる気もしている。最近はこちらも素直にそれを伝えている。

 

ただまた別方向から考えてみると、そんなに恵まれた現場があるから、それ以外の現場で感じるストレスが増えているのではないか、と思ったりもする。考えすぎか。

 

 

 

感じるストレスについては分かってはいる。

「自分だったら」の意識を捨てないと。

 

ちょっとしたことだと思う。

 

タバコ苦手な自分の部屋が喫煙室だったり。

自身が使っている機材のことを知らなかったり。

自由席の空いている座席にもれなく荷物が置いてあったり。

指定席の通路に立って荷物も上棚でなく通路に置いて、人が通る度に座っている自分に肩をぶつけられ3時間全く眠れなかったり。最終的に席の2/3くらい端によって腕組みして指定席に座る続けることになるなんて思いもしない。

¥2000〜¥3000の節約のために最寄駅からの始発で間に合わない電車で成田まで行き現地会場で待ってたらホテルまで15分歩いてただ5分車を運転するためだけに呼び出されたり。

定員8人の車に3人だけ乗車であとは新幹線だったり。節約とは。

6時間運転して都内に着いてそこから2時間かけて5箇所ほど送って帰宅して少し休んで始発後に駐車場に車を停めに行って電車で帰宅してみたり。

ちょっとしたことだと思う。

 

 

 

自分の場合、喫煙禁煙はもちろんのこと、支払いやチェックイン時の記帳すら絶対にさせないように、最寄駅や会場までの距離も考慮して万全の状態で手配する。

特定の会社などにしかできないことはなく、考えれば誰でもそれはできる。

できないホテルもたまにあるけれども。

手配された側の人間が、いかに心地よく過ごせるかだけを念頭に手配してきた。

それが「当たり前」と思っている。自分の仕事としては。

 

ただそれが別の人間にとっては「めんどくさい」なのか、「そこまでやる必要や時間や気力はない」なのか、それぞれ理由はあるのだと思う。

今日はそんな日だった、と考えれば少しは楽になる。

部屋に入った途端に咳き込むほどの臭いも、窓を全開して冷房を16度にすればそこまで気にならないであろう。ちょっとしたことなのだ。気にしないように。

 

 

 

みたいなことの繰り返しで、常に意識をもって、良い人雰囲気を忘れないように。

 

 

たまにでも誰かに甘えたり頼ったりしたくなるのは人間の性であるはず。

それを遠ざけて生き続けていると、いつかくる終わりが少し早まるのかもしれないな、そんな思いに行き着いてしまった3:20。

 

 

預かった機材の充電もおそらく問題なくできているっぽいので、さすがにもう眠ろうか。タイプミスで表示された「ナムろうか」にクスっとしてしまった。疲れてるかな。明日もがんばろう。