プレゼントって貰う側よりも、もしかしたら贈る側の方が楽しみをもらえるのかなって思ったりした。

 

渡した時にどんな表情をしてくれるんだろうとか、

気に入ってくれるかなーとか、

贈るひとのことを考えながら選んでる時間とか、

たまたまピッタリ贈りたくなるものを見つけたときとか、

贈る側には、渡すまでにたくさんの楽しみをもらえる。

 

 

プレゼントしたいって思えるひとがいるだけでも、幸せなことなのかもしれないなって思ったりして。

そしてもしちゃんと顔を見て渡すことができたら、さらに相手が喜んでくれたりしたら、なにより幸せなんやろな。とか。

 

 

なんかよくある話のようにも思えてきたけど、それを自分で感じるようになったってことを書きたくて。

 

極端な話になると、キャバとかホストとかの貢ぎ的なやつも、今ならなんとなく理解できるような気がする。

ひとの心って、いろいろあるのね。

機械的に、論理的に、うまく整理できることばかりじゃないって、いまさらながら感じたりして。

 

 

ある程度「無」でいると、とても生きやすい世の中と思う。

仕事も、人付き合いも、日々の生活も。

 

けど、一歩踏み込んで接することで、たぶん喜びは何倍にもなるように思う。

もちろん、ぶつかることですれ違ったり、嫌な思いをすることも増えるように思う。

それを乗り越えると「無」にはない喜びが待ってる気がする。

 

 

これからもうちょっと、ひとと向き合うようにしようかな。

特定のひとだけにじゃなくて、もっと多くのひとにそうすることで、うまく接するようになれるかもしれない。

不器用すぎて困ります。

 

 

書いてるうちに整理できるはずの心も、今日はそうでもないようで。

このままダラダラと書くのもあれなので、この辺にしとこ。

 

明日の仙台への運転のように、ゴールが見えてるものばかりなら、どんなに楽なんやろか、って思ったり。

いや楽すぎるのはよくないけど。

うん。お仕事しっかりやろっと。ではまた。