日曜日


今日は朝からジムには行かず。


同じ業種他ブランドの友人,ジェニファーと待ち合わせてOSLOカフェでChat。 


行くまで、このBedford Avenueは人だかり+マラソンランナーが一気に駆け抜ける。 しかも大量に!


それもそのはず、ニューヨークマラソンの日。今日は。


歩道で太鼓を持って応援したり.ステージに上がった林やパーコのような短パンを来た女性(年もパーコと同じね) が踊りながらの声援.かなり痛いけれど、このお祭り騒ぎなアメリカ人の文化、結構好きかも!



待ち合わせ場所に行く途中にYukiちゃんに遭遇.ぱちりと写真を撮られて、またね!とバイバイ.



通りをわたれないので、向こう岸のジェニファーにたどり着くまで苦労した。あせる


主に仕事の話だったけれど。彼女はBenniというイタリア人の友人から紹介されたアリゾナ出身の女性。 今日はBenniは来れなかった。時間はあっという間に経ち、近所を散歩してさよなら。


その後はBedfordをゆっくり散歩。 アー、なんだか今日はいい天気! 秋晴れとはこういうことを言うのかしら! って。もみじ



おなかがすいたので、いつものChaiでトムヤムヌードルランチ。 ランチで$5.99はかなりお値打ち価格. なのに、ちゃんとおしゃれで、センスがある内装. 道行く人が、足を止めて写真を撮っている.



あまりにもしょっちゅう ”お一人様” (ちょっと哀しいね,この響き)でカウンターに座っているので、もう顔も覚えられてる. 凄くおしゃれなーバーカウンターなんだけれど、そこに一人ですわってヌードルをすするわたしも乙なのでは、と勝手に思っている.





さらにBedfordを散歩. 近所のコミュニティーガーデンを散歩. コンドミニアムががんがん建っている.すべてスタジオで3000万以上するものばかり. ものの価値を見極めなくては行けないな、と思う.




パークも紅葉が真っ盛り.



かえって、茂木健一郎さんの日記を読んで、そうこうしているうちに,ソファで眠りにつく.


8時頃、予定通り、きくこさんからの電話。supercoreに行って、一緒に御飯を食べる。彼女、SPURで、”IT modelを探せ”を担当してるフォトグラファー。(もちろんその他いっぱい) 茂木さんのとある日記について話す。 


彼が、



”自分が死んだら墓なんていらない、日本は土地もないんだからそんなムダな事はしなくてもいいんだ” 




なんていったらお母様が,それをきいて


”この子は自分が死んだら墓参りもしてくれなんだ、きっと!”


といって,ゆでられたエビのように体を曲げておいおいとお母様は泣かれたのだそう。(この茹でられたエビのように、っていう表現が好き!) 赤ん坊に火がついたようにおいおいと,掘りごたつの横で泣かれたそうな。 そのときのお話。(詳しくはリンクへ)



kikukoさんに,彼の著書、”生きて死ぬわたし” を勧められる。 難しい言葉が多い彼の本の中で読みやすいのだそう。 ちなみに,彼をニューヨークで撮影した事があるそうで,かなーーーり忙しいそう。 ニューヨークに24時間もいなかったんじゃないかな?って。  あり得へん。


彼女はあしたからD.Cの撮影にいくそうな.そして,その後日本へ出張.GIONさんは今日本。でもって、こちらに10日にはかえってくるから遊んでやってくれって。 いえいえ、わたしが遊んでいただいてます。クラッカー (GIONさんおばちゃんだから面白いし!)


ハンバーグとスピナッチソテーと御飯を食べて満腹。 さて、あしたからまた頑張りますか。












<すばらしい日々>

僕らは離ればなれ
たまに会っても話題がない
一緒に居たいけれど とにかく時間が足りない

人がいないとこに行こう
休みが取れたら

いつのまにか僕らも
若いつもりが歳をとった
暗い話にばかり やたら詳しくなったもんだ

それぞれ二人忙しく 汗かいて

素晴らしい日々だ
力溢れ すべてを捨てて僕は生きてる
君は僕を忘れるから
その頃にはすぐに君に会いに行ける

懐かしい歌も笑い顔も すべてを捨てて僕は生きてる
それでも君を思い出せば そんな時は何もせずに眠る眠る

朝も夜も歌いながら ときどきはぼんやり考える
君は僕を忘れるからそうすればもう すぐに君に会いに行ける








わたし、矢野顕子さんのバージョンが好きです。なんだかこの歌を歌う彼女はとてもつらそうなのですが、それがこの歌のメッセージなのかもしれないとまで思わせてくれます。 
今週のニュース。


マラソン選手。高橋尚子選手の現役引退。



ちょうど彼女がメディアで騒がれ始めた頃。


金メダルを取った頃。


わたし、なんだかカノジョの事が苦手だった。 


Qちゃんスマイル、だとか,いったいどこのなにが”Qちゃん”なんだかわからなかったし。 


でも、それは彼女のことが嫌いだった訳ではなく、きっとメディアが作り上げたQちゃんという高橋尚子選手がなんとなくうさんくさかっただけなんだと思う。 



昨日初めてYoutubeで,彼女の引退会見を見て。



涙が出ました。



この方、偉いですね。 感動しました。



ひとつひとつの質問にきちんと答えて。 大きな声ではっきりと。 



ぐじゃぐじゃ言わないで、潔く、ね。








何度も、みなさまのお陰でこれまでやって来れた、と。そして、マラソンだけではなく人間としても成長できた、と。 


感動したよね。



次のステップに行けるために頑張った陸上ではなく、中学で好きで始めて,好きな陸上を追求してこれたのでそういう意味で完全燃焼だったと思う。というようなことを言われていました。




自分のがんばりが認められるスポーツで、みんなのおかげでやって来れた、と言える彼女は本当にすばらしいと思う。  


これからも、一人のjoggerとして生きて行くとの事。



最後、退場するときの涙が良かったね! 本当に悔いがないのでしょう。



誠実に生きてきた方、という印象を受けました。