稽古場に着いて、師匠の唄う声
門下生に教える声が聞こえると
心に湧いてくるのは感謝
どんなに日を重ねても
その場に居られる事に感謝する
日々、師匠の踊る姿を間近に見ながら
求める物がどんなに遠くにあるか感じる
そこに手を伸ばしたい気持ちが溢れる
足袋のコハゼをとめる時の、気持ち
子供の頃は大嫌いだった瞬間が
今では一番大好きな瞬間
小さな気付きを積み上げて
一歩一歩を歩み直す
指先一本の感覚まで掴みたくて、記憶に刻む
どうして、こんなに好きなんだろう
きっかけは子供の単純な思いだった
舞踊会で、いつものように楽屋の廊下で遊んでいた
「滝夜叉姫、通ります」の声に見上げた私の前を
傾城の姿で通りすぎる母を羨ましく思った
その日の舞台をビデオで繰返し観ながら
妹と二人でセリフを言い合ったり
常磐津のカセットテープを聴いたりしながら
他の踊りも観てみたい気持ちが生まれた
「三面子守」や「流星」が舞台でかかると
子供でも面白く観られるからと、母が観せてくれた
こっそりと、誰にも見られないように
ビデオをみながら真似をして遊んだ
その時には、子供の頃私に手解きをしてくれた
“おしょさん”は亡くなってしまっていた
大好きだった“おしょさん”
私が生まれて外に出られるようになってすぐ
母は私を抱いて稽古に通っていた
きちんとお稽古を始めたのは、五歳の時だけれど
物心ついた時には、稽古場と“おしょさん”は
自分にとって当たり前の存在だった
お稽古してもらったのは、たったの5年
だけど、それでも、覚えてる
沢山の事
お稽古の事、お稽古場の事
皆の事
母は厳しくて、膝が離れるからといって紐で縛られ
猫背だからといって、背中に棒を当てて縛られ
縛られてばっかりだな
踊りが好きだという気持ちは、まだ無かった
宿題と一緒
やらなきゃいけないから、やるだけ
好きになった時には
もう踊りは私の手には届かない所にあった
母は私に稽古をする事を嫌がったし
ならば私は他の流派に習いに行く!とケンカになった
再度、私が踊るまで色々な事があった
日本舞踊がダメなら、他の踊りを試そうと
フラメンコを習った
とてもとても楽しかった
でも、言葉の解らない唄で
よく知らない国の民族舞踊を踊ると
やっぱり日本舞踊が恋しくなった
せめて近くに行こうと、芸者さんの置屋に行った
背が高すぎて、あなたに着られる着物はないと断られた
本当に、私は着物にも踊りにも向かない人間なんだって思った
そんな二十年以上も踊りを諦めていた私に
踊らないかと声をかけてくれたのは
“おしょさん”のお孫さんだった
赤ちゃんの頃を知っていて、小さな時から踊りが大好きで
いつもお扇子を肌身離さず持ち歩く
小学校から帰ると、ランドセルを背負ったまま
踊りのビデオを観るような子で
色々な逆境を乗り越えて踊り続ける人で
母が許してくれた事は驚いた
本当に驚いた
短い間だけれど、妹も一緒に踊ってくれた
懐かしい場所に帰れた事
沢山の思い出と向き合って、新しい思い出ができて
長い時間を経て
母と妹と一緒に稽古場で過ごすのは、不思議だった
今は、離れてしまった場所だけれど
どんなに感謝しているか
声をかけてくれなければ
私は一生欲しい物に欠けたまま生きていったのだと
伝えたい
私の我儘かも知れないのでこっそりと
今のお師匠さんの元で稽古を始めるまで
しばらくの間は三味線の弾き唄いに挑戦しました
通りを一本挟んで作曲家さんが住んでいて
たまにピアノの音がしていた
昔は畑ばかりだったので、外で楽器を弾いていたと祖母から聞いている
中学生のある日、粗大ゴミにアコースティックギターが捨ててあったのを
もしやと思って拾って帰った
なんだか高そうで、良い物なんじゃないかと思って
それを暇潰しに弾いていた性で
三味線を弾く事に苦がなかったし
歌う事も好きだったので
CDで覚えて、教本を見ながら何となくのレベルだけれど
数ヶ月、ひたすら弾いて唄って過ごした
入門願いを受け入れてもらえるように祈りながら
お師匠さんから連絡を頂いて、お稽古が始まってからは
怒涛の日々
お稽古場まで、片道2時間半もかかる道程が
短く感じる程に膨大な予習復習
初日には緊張で胃薬を飲み
それから知恵熱を出し
お稽古の帰り道では、頭の中で復習しているうちに迷子になり
慣れない舞台では忘れ物をして
お師匠さんの奥様にバタバタさせて
お手伝いをすれば、浅草見番から撤収の時に
電気を消して回りながら警報器のスイッチまで押してしまい
小道具作りに夢中になり、家の床に落とせないインクをこぼし
走っては転び、走っては転びの毎日
仕事をしながら、よく時間があったと思う
大好きな大先輩と出会い
今では私のプライベートを一番長く
一緒に過ごしてもらう程に可愛いがって頂いて
お稽古場の子供達が気付いたら大きくなっていて
もうすぐ私と並んでしまうような子もいて
小さな頃から上手な子達の成長して輝く姿を見せてもらい
ちょっと前まで、ばらばら子供らしい指先で踊っていた子が
ピンと揃った美しい手で踊っていて
あぁ、私も頑張らなくちゃと気合が入る
あっという間なのに
有り余る程に沢山の幸せを頂いてきました
これからも、ずっとそんな日々が続いていきますように
このブロクは、闘病ブロクから
ただのマヌケなお稽古日誌になるように
祈りを込めて始めました
昨年の初夏の告知から
闘病友達との出会い
真夏に治療が始まり
秋、冬と苦しんで、楽しんで
そろそろ春が来ます
どんな春になるかな
小さい私😁、今も私は踊っています
母の、滝夜叉姫

