長男の嫁 -22ページ目

長男の嫁

2008年1月、運命的(笑)な再会。2009年11月22日、16年ぶりに再会した中学時代の同級生だった旦那様と1年7ヶ月の交際を経て、めでたく結婚。
2011年12月19日、22時41分。無事に女の子を出産。念願の母になりました。
我が子は想像以上に可愛いです。

かゆい!かゆい!かゆい!かゆい!
ひつこいようてすが、その言葉しか出てきません。
はい。おはようございます。『あき』です。
本格的に目が真っ赤になってきました。


さて。
何が、『初めての…』かと言いますと。
心都ちゃん、初めての『予防接種』でした。
二ヶ月を過ぎたら、肺炎球菌とヒブにワクチンの接種ができるんですが、一回目は同時接種はしないほうがいいと心都の担当のお医者様が言っていたので、まずは『肺炎球菌』から打ってきました。

病院についた時には爆睡だった心都ちゃん。
診察室に呼ばれて、聴診器で胸の音を聞かれるときに、すでに大泣き(ToT)
なので、注射で泣いたのかどうかはわかりませんが、とりあえず、終始大泣きでした。

来週はヒブワクチン接種です。
しばらくは毎週のように注射を打たないといかないのでかなり可愛そうですが、やらないほうが可愛そうなので、頑張ってもらます。


なんだか、切ない顔をした心都ちゃん。





そして、大きいバァバに抱っこされた心都ちゃん。




かなり大きくなりました。
肺の音も綺麗だから大丈夫とのこと。
それが心配だったのて、一安心です。



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娘っこが寝ています。
下ろすと泣きます。
だから、抱っこしてかれこれ一時間…。
そろそろ腕が悲鳴をあげ始めました。
どうも。こんにちは。『あき』です。
本人も、布団で寝たほうが楽だろうに…と思うんですがね。

さて。
今日は3月11日です。
あの、地震から1年が経ちました。
私の中では、1年も経った感じがしませんが。
今でも鮮明に思い出すあの大きな揺れ。
怖くて怖くて、思わず外に飛び出しました。
テレビをつけると、あの大きな津波。
自分の目を疑いました。
町が、車が、船が、人が、流されていくありえない映像を見て、言葉を失いました。

計画停電や、品不足。
被災地の方に比べたら、なんてことないことなのに、それはそれで大変でした。

一年後。
あの時はまだ居なかった心都が、今は私の腕の中にいます。
あの日、この子がいたら私は冷静にこの子を守れたのかな?

これから先、来ると言われている大地震。
その時私は冷静にこの子を守れるかな?

そんなことを考えてしまいます。


たくさんの尊い命が失われてしまったあの日。
そして、まだまだ復興が進んでいない今。

忘れちゃいけないですね。







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洗濯物がたまりまくってます…。
昨日は雨風が強くて、部屋干ししたけど乾かず…。
午後から回復すると言う予報士の言葉を信
じて、洗濯機を回しまくってます。
子供が一人増えただけで、洗濯物って増えるんですね…。
どうも。おはようございます。『あき』です。

4日の日曜日。
旦那様のおばぁちゃまの四十九日の法要に行きました。
亡くなった時は、心都もまだ出歩ける時期ではなかったのて行けず。
今回は、心都の顔を見せに行ってきました。
神奈川の我が家から高速に乗って一時間ちょいくらいの、東京へ。
車に乗ったらすぐに寝てくれたので、泣くことも騒ぐこともなく、車の中では終始お利口にしてくれました。

お寺に着くと、親戚一同勢揃い!
みんなが『心都ちゃん!心都ちゃん!』と写メの撮りまくり。
心都はまだ人見知りもしないのでキョトンとカメラ目線。
みなさんに、お披露目できました。

本堂に入ると、お坊さんのお経にも騒ぐことなく、お利口と思ったのもつかの間…。
いきなり、『ブリブリ~』とおならをする心都…。
静かな本堂に心都のおならが響き渡り、笑いをこらえるのに必死でした。
大人顔負けのをするので、こっちはドキドキですよ。
初めて会う、天国のおばぁちゃまも笑っていたことでしょう。

亡くなる前に心都は生まれたんですど、顔を見せることができなかったのが残念ですが、お義母さんが『生まれたよ』と、写メを見せてくれていたみたいなので、そこは良かったです。


この日の心都は、赤ちゃんなのに喪服チックな洋服で行きました。
たまたま、あったんですよ、黒いのが。
親バカですが、可愛くて(^-^)




法事の会場で旦那様の膝の上でご機嫌な心都。





この日は1日ホントにお利口で、私も助かりました。
おばぁちゃまにも会えたし、良かったね。
また、お墓参りに行こうね。


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