こんにちは、城北です。



今日は、

「周りのせいにする人生にサヨナラする」というお話です。



人間は、何かにつけて原因を周りの環境に求めます。



例えば

「上司に酷く怒られたから、イライラして、仕事に集中できない。」

「先輩に褒められたから、今日1日ハッピーに過ごせた。」

「友だちと喧嘩したから、明日学校に行くのが不安で仕方がない。」

「彼女に振られたから、もう、死んでやろうと思う。」

「雨が降っているから、テンションが上がらない。」


など、例を挙げればきりがありません。



このように、外部の環境に左右されている人を


「反応的な人間」と呼びます。



外部からの刺激を受けたら、自分の思考を挟まずに

ただただ反応して、感情や行動をしてしまう人のことです。




これは、

熱いものを触ると、とっさに手を離してしまうように

また、

梅干を見ると、口の中に唾液が溢れてくるようなものです。




これでは、手足を糸で繋がれた


「操り人形」と全く同じです。




はっきり言って、

「自分の人生を生きている」

などとは、口が裂けても言えない状況です。




しかし、悲しいことに

このような「反応的な人間」は非常に多いのです。



電車に乗ってみると一目瞭然です。

反応的な人間の話が、マシンガンのように飛び交っています。




では、どうしたらいいのか。



それは


外部の刺激に対しての反応は


「自分で選択できる」ということを理解することです。



このような人を反応的な人間に対して

「主体的な人間」と呼ぶことにします。




反応的な人間は


『外部の刺激 → 反応』


という図式で動いていますが、




主体的な人間は


『外部の刺激 → 反応の選択 → 反応』


という図式です。




そして、反応を選択するうえで、自分の中にある

「自覚」「創造力」「価値観」「良心」


を駆使するんです。




自分の良心や価値観に照らし合わせて、反応を選択してみてください。


「上司にひどく怒られたから、イライラして仕事が手につかない。」


なんて馬鹿げた、ひどく短絡的な反応をすることはなくなると思いませんか?




イライラして仕事が手につかなくなるのも、

自分の問題点を教えてくれた。改善していこう。と思うのも、

また言ってるよ。無視しておこう。と思うのも、



自分の「選択」した反応だということになります。



つまりは、「自分の責任」だということです。



イライラして、仕事が手につかないのも、
テンションが上がらないのも、
ハッピーに過ごせたのも


すべて、自分の責任だということです。




これらは、脳の発達が可能にした


「人間」のみに許された活動です。




もっと言えば


「反応的な人間」=「犬」 


です。



餌を与えられれば、ヨダレを垂らして走ってくる犬は

まさに「反応的」とよぶにふさわしいのではないでしょうか。





刺激と反応の間に人間だけに与えられた素晴らしい力


それが「反応を選択する力」なのです。




私たちの行動は、周りの状況からではなく


「私たち自身の選択にって決まる」


ということをしっかりと理解してください。




それでは、最後に名言を1つ。


「自分の身に何が起こるかではなく、それにどう反応するかが重要なのだ。」




それでは、今日はこの辺で。また会いましょう。