北原白秋 [落葉松](からまつ)
一 からまつの林を過ぎて、 からまつをしみじみと見き。 からまつはさびしかりけり。 たびゆくはさびしかりけり。 二 からまつの林を出でて、 からまつの林に入りぬ。 からまつの林に入りて、 また細く道はつづけり。 三 からまつの林の奥も わが通る道はありけり。 霧雨のかかる道なり。 山風のかよふ道なり。 四 からまつの林の道は われのみか、ひともかよひぬ。 ほそぼそと通ふ道なり。 さびさびといそぐ道なり。 五 からまつの林を過ぎて、 ゆゑしらず歩みひそめつ。 からまつはさびしかりけり、 からまつとささやきにけり。 六 からまつの林を出でて、 浅間峰(あさまね)にけぶり立つ見つ。 浅間峰(あさまね)にけぶり立つ見つ。 からまつのまたそのうへに。 七 からまつの林の雨は さびしけどいよよしづけし。 かんこ鳥鳴けるのみなる。 からまつの濡るるのみなる。 八 世の中よ、あはれなりけり。 常なけどうれしかりけり。 山川に山がはの音、 からまつにからまつの風。★読むと、水墨画の世界が身に沁みこんでくる。 テンポよく移動していく感じが心地よい。八 連まである詩だが、林を抜けてゆく身になっ て読むと長くは感じられない。 齋藤孝著 「声に出して読みたい日本語②」より