前回の続き。

 

相模国総社である六所神社の参拝の後、そのまま東海道を東に向かう平塚駅行のバスに乗って高来神社(たかくじんじゃ)という神社に行く予定だったのである。ところが、二宮駅周辺での昼食が予定よりも早く済んだことなどにより予定よりも早いバスに乗ることになり、その結果、同じ平塚駅行のバスでも経由が異なるバスに乗ったのである。

 

高来神社は平塚駅に割と近いところにあるので、経由が異なっても最後に同じ道に戻ってくると予想した。ところが、高来神社の最寄りバス停である花水バス停を通らないではないか。

 

そこで、時間の都合により立ち寄るかどうか迷っていた国府八幡宮である平塚八幡宮に参拝に行くことに急遽決定した(バスが近いところを通ったので)。平塚八幡宮は正式に認められることはほとんどないが、相模国五宮とも言われることがある。

 

 

鳥居と社号標。

 

 

平塚八幡宮はかなり公園的な雰囲気の神社である。散歩にもちょうどよい感じ。そして、境内に入ってすぐのところ、左右に神池がある。これが相模国総社の六所神社と同じつくりである。

 

今回はなぜか最初にそれらを紹介する。

 

 

 

 

右手の神池に浮かぶ島にある境内社が、なんと稲荷神社である。

 

神池+島+境内社の構造の場合、ほとんどが宗像三女神を祀る神社である。前回の六所神社の紹介では龍神を祀る境内社があったが、これはまだ理解できる。龍神も水の神であるからである。しかし、稲荷は相当に珍しいはず。というか、ほかで見たことがない。稲荷は特に水の神ではなく、五穀豊穣の神だからである。まあ、適度に雨が振らなければ五穀豊穣にはならないけれども、あまり「水」のイメージということでもあるまい。

 

※ 宇宙はひねくれているのだろうか。この記事の原稿を書き終えてから、またまた例外に遭遇してしまったのである。「珍しい」と書いたら、宇宙から「珍しくない」と言い返されたような気分である。埼玉県比企郡嵐山町の鎌形八幡神社(かまがたはちまんじんじゃ)において、神池に浮かぶ島に「金比羅神宮」と書かれた境内社があったのである。

 

 

反対の左手の様子がこの画像。こちらは向こう側に回り込まないと参拝できない。

 

 

 

弁財天社である。

 

正直、「またか」という気もする。しかし、非常に美しい境内社である。

 

 

メインの参道に戻る。

 

何気ない鳥居にも見えるが、私としては当社の中でお気に入りの構図の写真である。そして、この「平塚八幡宮」と書かれた扁額が透明である。透明な扁額はここ以外に見たことがないような気がする。斬新である。

 

 

 

拝殿。

 

相模国二宮の川勾神社と同じく破風のない入母屋造。

 

 

拝殿右手の境内社3社。

 

中央に若宮社、右に諏訪社、左に神明社。

 

ここで神社における「若宮」を理解しておこう。「若宮」とは御祭神の御子または、御子を祀る神社を指す(「宮」は神社も人も指す。今でも皇室関係で「○○の宮」と使われているがその「宮」である)。そして、当社は八幡宮なのであるから、境内社の「若宮」とは一般的に言う若宮八幡宮に相当する。若宮八幡宮が何かと言えば、八幡宮の御祭神である第15代天皇応神天皇の御子、第16代仁徳天皇を祀る神社ということになる。

 

たまに名称が若宮八幡なのに御祭神が応神天皇になっているケースがあるが、これは神社の長い歴史の中で御祭神がわからなくなってしまい、八幡なので応神天皇を御祭神としたという経緯が考えられるが、間違いである。若宮八幡宮は基本的に応神天皇の御子の仁徳天皇を祀るからこそ「若宮」なのである。

 

境内社はまだあるが、省略させていただき、この後大和市にある深見神社に向かう。相模国十三社の1社であり、つまり式内社である。

 

実はこの深見神社への参拝により、私の相模国十三社への巡拝が完了する。全ての相模国式内社に参拝したことになるのである。

 

相模国の式内社は13社しかないのであるから、その気になれば2~3回の旅行または日帰り神社巡りで巡拝が終わってしまうくらいなのであるが、私は神社巡りを始めてから8年半くらいでようやく相模国十三社の巡拝が完了という運びである。式内社の巡拝というのは、意識していなければ、それくらい達成できないものである。偶然、ある旧国の全ての式内社に参拝していたなどということはまずない。

 

・・・と書いてから調べたら、上総国の式内社が5社しかないので、いつの間にか巡拝が完了していたことが判明したのだが、こういう数が少ない旧国は例外であり、通常は式内社というのは有名神社ばかりではないので、偶然巡拝していたということはないのである。

 

ちなみに私は武蔵国在住であるが、武蔵国の式内社は40社以上あったはずで、まだ巡拝が終わっていない。論社(式内社の候補社。どの神社が本物の式内社か色々と議論があるので論社である)もたくさんあるので、主要な論社だけを対象とするとしても、結局60社以上に参拝することになると思う。また、公共の交通機関で巡ることがかなり難しい地域があり(バスすら利用困難な地域がある)、すぐに巡拝完了にはできないのである。ただ、かなりのところまで来ており、数ヶ月から1年以内には巡拝が終わりそうな雰囲気ではある。相模国が終わったので、かなり難しい武蔵国もやってみようかという気になっている。

 

神社巡り歴8年半の私がこれまでに完了した巡拝は、二十二社、今回の相模国十三社、いつの間にか終わっていた上総国式内5社のみである。

 

ちなみに一宮の巡拝はまだまだ遠い。四国・九州・離島などに未参拝の一宮をたくさん残しているため、仮に巡拝を達成するとしても、あと数年はかかりそうである。

 

さて、小田急江ノ島線の大和駅から深見神社に向かうのだが、その途中に大和天満宮という神社がある。

 

 

 

 

この神社、ビルの2階の上の屋上部分にある。エレベーターに乗って参拝へ。こういった風変わりな神社もいくつかは体験したので、そこまで驚くことはないが、珍しい神社ではある。案外に場の気が良いというのも前例と同じ。

 

そして、このビルというのが大和市文化創造拠点というもので、施設名称が「シリウス」である。良いところを突いているようであるが、誰が名付けたのか。まさか、偶然ということはあるまい。

 

 

延喜式内、深見神社に到着。

 

 

 

 

独特の雰囲気であり、どのように表現してよいのか分からない。

 

独特で風変わりだが整った場の気。威厳がありスケールの大きな気に包み込まれる感じ。個人的には同じ相模国の式内社である宇都母知神社(うつもちじんじゃ)と相通ずる部分があると感じた。

 

宇都母知神社は今回の旅行では参拝していないが、前回の寒川神社の時の日帰り神社巡りで参拝している。1枚だけ画像を貼っておく。

 

 

これが相模国十三社の1社である宇都母知神社。最寄駅は小田急江ノ島線の湘南台であるので、地理的には近いのである。ここも独特の雰囲気で、スケールの大きな気に包み込まれる感じがした。好きな神社である。

 

 

深見神社に戻り、本殿。神明造。

 

神明造の本殿では側面の壁より外側に、1本太い柱が飛び出していることが多い。これを棟持柱(むなもちばしら)と呼ぶそうであるが、当社本殿にはこれがない。

 

 

神明造の棟持柱の例を探そうとしたら、ちょうど宇都母知神社の例があった。これが宇都母知神社の本殿であり、神明造で外側に1本の柱が飛び出しているのがわかるだろう。これは特殊な例なのではなく、むしろ、この棟持柱があるのが普通であると思う。ただし、あくまでも本殿の話であって、神明造の拝殿の場合には棟持柱がないことが多いような気がする。

 

もう一度話を元に戻すと、深見神社の御祭神は闇龗神(クラオカミノカミ)、武甕槌神(タケミカヅチ)、建御名方神(タケミナカタ)とのことである。

 

もの凄く珍しい配祀というか、斬新でまとまりのない御祭神である。

 

総国風土記という文献によれば、雄略天皇22年(西暦478年)創建で元々の御祭神はクラオカミノカミだそうである。ということは、後から御祭神が増えたわけで、それが珍しい配祀の理由であろう。

 

クラオカミノカミというのは、要するにタカオカミノカミと対になっている神である。比較的よく聞くタカオカミノカミというのは貴船神社の御祭神の水の女神である。そして、クラオカミノカミというのは、タカオカミノカミと同じく私の守護霊チームのメンバーであるミズハノメが正体である。というか、私のメインの守護霊である。おそらく、性格が悪いので「闇」龗神なのだと思う。

 

 

拝殿の左手にある境内社2社が大変立派である。こちらは手前の稲荷神社。

 

 

こちらが奥の境内社で、靖國社とのことである。当初は厚木基地内にあり、厚木空神社と呼ばれ、厚木航空隊の戦死者を祀っていたそうであるが、終戦後に深見地区の戦没者を合祀して当地に遷座したようである。

 

最後に、今回の旅行で参拝した神社のうち紹介できていない主な神社を簡単に。

 

 

厚木市の小野神社。相模国十三社で近代社格は郷社。

 

当社の元々の御祭神は下春命(したはるのみこと)となっていて(現在ではヤマトタケルも祀る)、これは武蔵国の当初の一宮だった小野神社の御祭神である天下春命(アメノシタハル)と同じである。同じ小野神社で同じ御祭神。

 

なお、アメノシタハルは実は瀬織津姫の眷属である。

 

 

伊勢原市の伊勢原大神宮。

 

境内に2つの社殿があり、右が外宮、左が内宮。伊勢原の地名は伊勢神宮を勧請した当社が由来である。

 

 

伊勢原市の比比多神社(ひびたじんじゃ)。

 

相模国三宮および式内比比多神社の論社。子易明神(こやすみょうじん)とも呼ばれ、御祭神はさくや姫である。

 

ただし、近くにある比々多神社(ひびたじんじゃ)が本命で揺るがない。当社の由緒書でも特に三宮・式内を主張していなかった。

 

相模国十三社である有名な大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)に向かうバスを途中で降りると当社に参拝できる。

 

 

足柄上郡松田町の寒田神社(さむたじんじゃ)。

 

相模国十三社の1社であり、県社でもある。境内の樹木が独特の場の気を創り出している。素晴らしい神社だと思う。

 

今回の旅行では未参拝だった小野神社、高部屋神社、寒田神社、深見神社という4つの式内社に参拝したことになり、相模国十三社の巡拝が完了となった。

 

予想外に素晴らしい神社がたくさんあり、もっと早く参拝に来ていれば良かったという気もした。

 

今回紹介した神社の基本情報は以下を参照したいただきたい。

 

現代神名帳 五所八幡宮

現代神名帳 川勾神社

現代神名帳 六所神社

 

現代神名帳 平塚八幡宮

現代神名帳 大和天満宮

現代神名帳 深見神社

 

現代神名帳 高部屋神社

現代神名帳 小野神社

現代神名帳 伊勢原大神宮

現代神名帳 比比多神社

現代神名帳 寒田神社

 

現代神名帳 宇都母知神社

 

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