いよいよ「あの世まで持って行きたいプラモ」シリーズ()のトリを飾るのはバンダイ(旧イマイ)の1/8「ジャガーXK-E」
コイツがいつもの模型屋のレジ後ろの棚の最上段に鎮座ましましているのを見つけた時は頭を金槌で殴られたようなショックを受けた
後光が注していると言っても過言ではないほど輝いて見えた
ビンボー大学生だった身には¥9,800はトンデモなく高価だったが
何せ当時のバイト代で丸二日分だったのだから…
それでも
「これは絶対に買わねば、買わねばならぬ。止めてくれるな妙心殿」
真に平手造酒の心境だった(古い)
その後の昼メシが長い間100円のうどん一杯だったのは本っ当にキツかったが…
何ゆえそこまでしてこれを買ったのか
それは単純にEタイプが好きだから
古今東西のすべてのクルマの中で一番好きだから
だ
世の中にはEタイプより美しく高性能でお高いクルマはいっぱいある
Eがデビューした頃のフェラーリ・ベルリネッタやマセラティGTに加えてアストンマーティンDBシリーズ
ACコブラ(後のシェルビーコブラ)も開発中だった
その少し前にはガルウィングもいる
そんなキラ星の如きクルマ達の中にあってもEは私にとってサイコーのスポーツカーなのだ
小学生の頃カブスカウトのカリキュラムで版画を彫った時も題材はEだった
中学生の頃流行っていた「サーキットの狼」でEの扱いが不当に低かったのに腹がたった
高校生の頃近所にできた医院の開業医がEに乗っていてもうメッチャ羨ましかった
四十近くになって300系を新車で購入したが本当はEが欲しかった
修理を含む維持費の高さに諦めてしまったが
今思えばあの時が最後のチャンスだった
何故思い切れなかったのだろうと悔やまれて仕方がない
「反省はしても後悔はしない」が信条の私が悔む数少ない例の一つだ
まさに「チャンスの後頭部に髪は無し」である
そのEを自動車プラモデル最大のスケール(だと思う)の1/8でモデル化したのがイマイだった
当時のイマイは技術も資金も分団にあったのだろう
そうでなければこんなキットを開発しようなんて考える訳がない
同スケールのモノグラム製コルベットと比べればその凄さがわかって頂けると思う
だがドル箱だったサンダーバードと違ってこんなキットがそうそう売れる筈がない
1970年前後に小学生だった私はサンダーバード2号だけでも年に2、3個作っていたがそれでも合計で1000円程だ
こんな高いキットが一般家庭の子供に買える訳がない
仮に買えたとしてもちゃんと作れる筈もないから親も買い与えない
なら大人はどうかと言えば「プラモデルなんて子供の遊び」の時代だ
しかも高度成長期とはいえ大卒の初任給が4万円程だった頃の事
イマイ時代の値段はわからないが1976年のバンダイ版が5500円らしいので4000∼4500円くらいか
いったい何処の誰をターゲットに開発したのだろう
いくら「大きい事は良い事だ」「行け行けドンドン」の時代でも流石に見通しが甘かったと思う
オイルショックという予想外の事態があったにせよだ
結果イマイの屋台骨は傾き906と同様にバンダイへと金型は渡った
そのバンダイ製を私が手に入れたのが1980年代前半だった
以来丸40年間所有し続けている
最近よく某オークションでも見かけるようになった
きっと同世代の方々が「もう作る事もない」と手放されているのだろう
実際私も死ぬまで作る事はないと思う
それでも手放したくはない
絶対に
いつの日かこのキットを含む4つのカープラモがオークションかフリマ或いは買取屋の店頭に並ぶ時は
その時は持ち主がいなくなった時だ
そして…その時は案外近いかもしれない…
