元mm51の更生日記

元mm51の更生日記

昔「mm51」というハンドルネームで、メンズエステに関するブログを書いていたいものです。この日記は、私がメンズエステ通いを止め、全うな社会人として更生していく過程を記録することを目的としています。

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今、思うと、私はこれまでの人生において、
人を愛するということについて、大いなる勘違いをしていました。

今までの私は「独りよがりの愛」しか知らなかったのです。

例えば、こんなことがありました。

まだ、上の子供が1歳にも満たなかったころ、
私が、家事や子育てを手伝わないで、ネットサーフィン等に
勤しんでいるのを見て、妻に小言を言われました。
「そんなことをやっている暇があったら、洗濯でもしてよ。」

私は、内心面倒だなと思いながらも、洗濯よりもネットサーフィンを
優先すべき合理的理由が見つからなかったので、これに従うことにしました。

その時、自分を納得させるために、こう考えていました。
「俺はこの女性と一緒になると決めたんだ。
そのためには、自分がしたいことも我慢して、
その女性から言われたことに従ってあげるんだ。
なぜなら、それが妻という女性を選んだことに対する責任であり、
愛だからだ。」

実際に、それ以降、こまめに洗濯をするようになりました。

でも、これは、単なる「独りよがりの愛」にしか過ぎなかったのです。
なぜなら、そこには、相手の心に想いを馳せるという姿勢が欠けていたからです。

今思うと、妻が望んでいたのは、単に「洗濯」をすることではないのです。
妻が本当に願っていたのは、私が家族のことを大事に想うことなのです。
ネットサーフィンなんかをしてても、その時間は私個人の完全な趣味嗜好に
費やしているわけで、家族にもたらす利益はほとんどありません。
これに対して、洗濯等の家事をこなせば、その分、妻の負担が減り、
夫婦が一緒に過ごせる時間を作ることができます。

当時の私の仕事はそれほど忙しいものではなかったので、
私にはフリーな時間がかなりありました。
これに対して、妻は良き母であることと、良き妻であることを
両立しようとすごく努力をしていました。
初めての育児で相当手一杯であったこともあり、
相対的に私の方にかなり余裕があるという状況でした。

そのような状況で、私が少し、妻の家事の負担を軽減するための
努力をすれば、夫婦で過ごす素敵な時間や、子供と過ごす幸せな時間の
絶対数をかなり増やすことが出来る状況にありました。

妻は、そういう状況にあるということを、しっかり認識した上で、
私が妻や家族を大切に想っているということをも信頼してくれた上で、
上記のような言葉を私に掛けていたのでした。

これに対して、私は、妻の言葉を、本当に額面どおり、
「洗濯をすればいいのか」と受け取り、洗濯をすることにしましたが、
その後、「言われていた洗濯をちゃんとしたんだから、その後の時間は
自由に使っていいはずだ」と考え、洗濯の後の時間に、
変わらず、ネットサーフィンをしていたのでした。

別に妻は洗濯がしたくなかったわけでもなく、
家事をサボって楽がしたかったわけでもないのです。
そうではなくて、私がその空いている時間で洗濯をすれば、
洗濯をしていなければ生じなかった、
夫婦が二人ともフリーな時間というものが生じる、
そうすれば、夫婦二人で素敵な時間が過ごすことができたり、
子供とももう少し余裕を持って接することができたりするので、
家族みんなが幸せな気分になれる、
そんなことを望んでいたわけです。

それなのに、私は、妻のそんな想いを
ちゃんと汲み取ることができなかったのです。

私は私で、
「妻が家事や育児で大変だろうから、
洗濯も手伝うことにして、それはちゃんとこなしているのに、
なんで、妻は不満そうなんだろう。
だったら、どうすればいいんだろう。
本当に分からないな。」
などと、すごく的外れなことを考えていました。

これは、私に、妻を理解しようと努力をする姿勢が
欠けていただからだと思います。
いつも、妻の言葉を非常に表面的に理解し、言葉面だけを捉えて、
形式的に対応をしていただけだったのです。

本当に相手のことを大事に想い、愛おしく想っているのであれば、
相手に真の意味で幸せになって欲しいと願うはずです。

そして、相手が真の意味で幸せになって欲しいと願うのであれば
相手が、現在どんな気持ちなのか、どんな感情なのかということを
真剣に考えるはずです。

相手が本当に幸せになって欲しいのであれば、
自分の言動や、自分の気持ちの動きが相手の感情に与える影響について、
常に想いを馳せるはずなのです。

その辺の、真っ当な人間としての心の機微みたいなものに
全然理解が及んでいなかったのです。

それでも、当時は、妻を裏切るような行為には一切及んでいなかったので、
上記のようなすれ違いはあったものの、幸せな日々を暮らしていました。

でも、ここで「独りよがりの愛」しか感じられていなかったことが、
最終的に、今回のような裏切り行為につながっていったんじゃないかと
思っています。

私は、今回、風俗エステに通っている最中、妻にばれるということを
現実な事態として、捉えていませんでした。
「ばれる」ということは考えにくいのだから、裏切りであるということも
考えなくていいのだと、勝手に、自分の中で、非論理的に納得していました。

でも、もし、日ごろから、相手の心に思いを馳せるということをしていれば、
そのようなことは到底できなかったはずなのです。

なぜなら、相手に本当に幸せになって欲しいのであれば、
そのような裏切り行為には及べるはずがないからです。

お天道様は見てるとか、将来的にばれる可能性があるとか、
そういうことではなく、自分の内心の気持ちとして、
そのような裏切り行為に及ぶことはできないはずなのです。

ここまで書いたことは、妻にとって、至極当たり前のことで、
何も驚くことなどは無いと思います。
仮に驚くことがあるとすれば、私がそんな簡単なことを分かっていなかったのか
と感じるだけでしょう。
いや、聡明な妻であれば、その辺の、私の浅はかさも含めて
かなり理解していたはずです。

ただ、予想外だったのは、私の浅はかさがとてつもないものであったことです。
私の醜さが想像を絶するものだったことです。
その辺の、風俗通いなんかをしてしまう人間の醜さ等々については、
別途記事にしたいと思っています。

どうも、うまくちゃんと書ききれたかどうか微妙なところもありますが、
現在の私は、「独りよがりの愛」から脱して、「本物の愛」を提供できる
男になるよう、目一杯努力をしていこうと思っています。
その地道な努力しか、完全に離れてしまった妻の心を何とか取り戻す
方法はないと思うからです。

一度失った信頼・愛を取り戻すのは、とてつもなく難しいことです。
まさに、「覆水盆に返らず」です。

失うのは非常に簡単なのに、得るのはとても大変です。

そのため、現時点で、妻の心は、私からは遠くかなたにあります。

実際、二人で話していても、物理的な距離よりも、
遠くにいっちゃってるなと思うことが多いです。

私は、これを何とかして変えたいです。
その一環として、このようなブログを定期的に書いていきたいと思っています。

妻の想いに常時心を馳せて、時には、身体をはって、
家族の幸せの絶対量を増やせるように、努力をしたいと思っています。
今後は、「本当の愛」を体現できるよう、自分の根本、
内面を改革していきたいと思っているのです。
妻が苦しんでいるのを見るのは、本当につらいので・・・・・。