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2015年1月21日

パパへ

聞いててね…。

大腸癌の手術をして、すぐ抗がん剤治療が始まったのは、手術前にもう肝臓に、2、3個転移が見つかっていた。

だから、全身化学療法を進められたんだよね。
パパは知らないけど、大腸の手術の後、腹膜播種を起こしてた。

大腸癌の手術の後、主治医から、余命1年と聞かされた。

圭もゆかりも辛かったと思う。
私も辛かった…。

でも、医者の言う事を、素直に信じたくなかった。負けたくなかった。

パパには絶対生きてほしいと。

パパが入院している間は、いつでも、私は病院に寝泊まり、一緒に過ごす。
洗濯や私の入浴、食事の用意で、結構忙しかった。

圭は東京の大学院から、手術後、2、3日実家で過ごした。
その間、圭とゆかりは夜遅く迄、必死にパパの病気について調べた。
わかるたびに、私にメールが入り、治療については、動注化学療法や免疫化学療法、食事療法、あといろいろ…。


抗がん剤が始まる2日前に、腕にCVポートを入れた。

まず、副作用を抑える為に、漢方のお店を訪ねた。
カウンセリングして、治る‼期待が高まった中、もう後へは引けなかった。
免疫力を下げないようにと、
瑞芝(ズイシ)、メーテミル、スーパーマコなどなど、100万円が簡単に動いた。

抗がん剤が始まった頃は、体がだるいくらいで、大きな副作用は出なかった。
漢方のお陰だと思ったぐらいだった。
ヤクルト400、2本も飲み続けた。

パパはいつも、漢方でお腹いっぱい‼と言ってた(笑)

抗がん剤も3回終わり、血液検査の結果は
良くならず、次回から、ベクティビックスに変わった。

ベクティはさすがに副作用が辛かった。
発疹が出て、味覚がなくなり、病院食を受け付けず、入院中は、3食私が用意した。
野菜スープもポットに入れて運んだ。
でも、本人にとって、1番辛い脱毛も始まった。
パパが居る所には髪の毛が…。

病院と家の往復の車の中で、どれだけ泣いたか。
でも、もう一人の私と頑張る事を誓った。
絶対負けないと。

続く…。