2000系の台車、走り装置を搭載していた頃の2100系は以下の3MT1の4連、若しくは4M2Tの6連であったとされています。

 

←横浜  海老名→

<Tc2-M3+<Mc-M2-M1-Tc1>

2602-2104+2101-2102-2103-2601 1次車

2604-2108+2105-2106-2107-2603 2次車

2606-2112+2109-2110-2111-2605 3次車

2608-2116+2113-2114-2115-2607 4次車

2610-2120+2117-2118-2119-2609 5次車

 

<=運転台の向き

・補機関係

Tc2:CP×1

Mc:CP×2

M1:CP×1

M2:SIV(新製冷房車はBL-MG)

M3:MG(新製冷房車はBL-MG)

 

 

興味深いのが冷改、カルダン化の途上で見られた変則編成です。あまり資料がなく、私もごく最近web上で画像を発見して初めて知りました。

昭和52年に二段窓車の一部が冷改入場した際の残存二段窓車による6連です。

<Tc2-M3+<Mc-M2+<Mc-Tc1>

2604-2104+2105-2108+2101-2603

 

この編成は2601、2602、2102、2103、2106、2107が冷改入場し、残った車両で組成されたものと思われますが、同一編成内に二段窓のMcが2両も入っているというものです。

以前、旧性能時代の2108の床下にSIVが付いている画像を頂いたことがあり、謎だったのですが(本来ならMGのはず)、上記変則編成を組むに当たってM3→M2に車種変更したと考えれば納得できます。

上記変則編成内のMcで2101と2105がこの位置に連結されていたかどうか、海老名寄りのMcはCPを一台撤去したのかなどはまったく不明です。

 

なお、web上で見た画像では、この変則編成が止まっている数線横には冷改済みの2602編成4連が一緒に写っており、過渡期の貴重な画像であることが分かります。

非冷房で残った二段窓車も昭和54年には冷改されてしまうので、この編成が見られたのは約2年ほど、この姿で運行したことはあったのでしょうか。