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激闘の歴史

最近は新たにリーグに参加する人も増え、何故P-MANとF-BOUNDの試合があれほど盛り上がるのか理解してらっしゃらない方もいるかと思います。私はみえリーグを口伝として語りついでいくさだめにあると考えその歴史を今振り返ります。



「F-BOUND」の歴史は

現在の豊後大野市犬飼町の山の上にある運動場でゴールを使って遊んでいた事から始まります。

みんなを集めていたのは初代F-BOUND代表の「7番くん」でした。

メンバーは同級生ばかりの「7番くん」「管理人」「キャプテン」「Tよしくん」「Tっくん」「Pさん」「Yっちゃん」「ザマーくん」でした。

その後「7番くん」「Tよしくん」「Tっくん」の三人がフットサルフェスタに参加するなどしました。

そしていよいよ「みえフットサルリーグ」が始まるというので我々も参加しようと言う事になりました。同級生で現P-MANの「Wなべくん」も加わり、なんとか試合にはなるだろうと思っていました。

しかし参加してみると、みんなサッカー経験者ばかりで、まったく歯がたたず大敗続きでした。

そんな中、同様に大半が素人の「たかし」と言うチームが参加していました。そこには現P-MAN「Sみやさん」「Kじなさん」がいました。うち同様に勝てずにいた為、結局勝ち星のないまま2チームが激突しました。

そしてこれが全ての始まりであり、「F-BOUND」の歴史的な初勝利でもあります。

続く第2回大会では「たかし」は「クリッパーズ」と名前を変え、さらに強力な助っ人も加入ししました。しかし「F-BOUND」とは引き分けに終わりました。

「Kじなさん」の名言

「負けに等しいわ」

はこの時の発言でした。

第3回大会では、「Wなべくん」が「クリッパーズ」へと移籍してしまいます。

しかしこの大会では予選リーグを分けていたため、「クリッパーズ」との対戦はありませんでした。

ただ、予選リーグで当時の「大野広域連合」に初勝利を収めます。

そして、みえスポーツクラブ杯となって「クリッパーズ」は「P-MAN」となりました。

そしてついに公式戦で「F-BOUND」は「P-MAN」に敗れる事になります。

そして前回第2回クラブ杯では、選挙互助会的だとの批判を受けながらも「大野広域連合」との合併に踏み切ります。

それでも人が集まらず、さんざんな結果となってしまいました。

この大会から「ザマーくん」「キャプテン」が「P-MAN」に移籍する事になりました。

そして今大会を迎え、「キャプテン」がF-BOUND復帰という事になりました。

このように「P-MAN」さんと「F-BOUND」は勝敗はもちろん様々な因縁があると言う事です。

まとめると・・・

「Wなべくん」・・・「元F-BOUND」で「現P-MAN AL」
「ザマーくん」・・・「元F-BOUND」で「現P-MAN AL」

「キャプテン」・・・「元F-BOUND」で「前P-MAN」で「現F-BOUND」

「Kじなさん」・・・「元P-MAN」で「現F-BOUND」
「Kがわくん」・・・「元P-MAN AL」で「現F-BOUND」

さらに言えば

「Kださん」・・・「元大野広域連合」で「現P-MAN」
「Kづさん」・・・「元大野広域連合」で「現P-MAN」

(何か間違っていたらすみません)

これだけそろえば、お互い

「絶対に負けられない」

と思うのは当然かもしれませんね。