EYETOmamaのブログ

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またもや久々の投稿なのですが、

すみません。

悲しいご報告をしなければなりません。














記事を書く事を躊躇している自分もいるのですが、

真実として言えるのは、

今から書こうとしている事は、自分にしか出来ないから。

自分にしか伝えられない事だからと、

“書かなければ”という思いに強く背中を押されながら、文章を作っています。













このblogの更新を、許して頂ければ幸いです。












さて、書きます。





































『友達』というと、何人...何十人...何百人と、

人によりけりで多数いると思いますが、

『親友』と呼べる人って、その中のわずかなわけです。

私が『親友』と思える人も、手の指の数えれる位だと思います。
















その中の1人が、天国に旅立ちました。

2013年7月16日。

享年27歳という、あまりに短い生涯でした。
















彼女の名前は、理恵。

中学の同級生でした。

最初に彼女に会った時から、大人っぽい雰囲気をもつ子でした。

結構思った事をはっきり言う子だったので、

まぁ敵を作りやすい性格だったかもしれませんが(笑)

内面は誰よりも純粋で真っ直ぐで。

そして本当にベッピンさんで、

この世のものか!と思う程の着物美人で。

意外にも手料理がすごく美味しくて。

前を走っていた車が引いた猫を拾いあげて、

そのままタクシーで動物病院に引き返したりする、

本当に優しい心を持った子で。
















そんな彼女が、私は大好きでした。


















丁度、創介さんの妊娠が発覚した頃。

彼女のお母さんから、一本の電話をもらいました。

数日後、時間を作って会いに行った時の彼女は、

意識がないまま、ずっと眠り続けていました。















この時から1年3ヶ月。

病院から『いつまで生きれるかわからない』と言われる中、

ずっと覚悟をしていたつもりでした。

顔を見に行く度に、これが最後かもしれないと...

辛いけど、そう思いながら彼女との短い時間を過ごしてきました。
















本当の事を言うと、ずっと自分を責めていました。

何もしてあげれなかった事を、ずっとずっと後悔していました。
















それなのに、恐縮な事に、

『あなたが支えでした。ありがとうね。』

と、彼女のお母さんは泣きながら伝えてくれました。


















人として。

女性として。

そして、母として。

彼女は、最後まで真っ直ぐ懸命に生きました。















30代になっても、息子達が大きくなって育児一段落!ってなった後も、

お酒とか飲みながら、他愛のない話を延々と話す。

そんな日が来るのだと、当たり前の様に思っていました。

まだどこかで、

突然何事もなかったかの様に『何してるん?』って、

彼女から電話がかかるんじゃないか...という気持ちが、心のどこかにあります。














いなくなってしまった事は辛いし寂しいけれど、

泣いている場合やない!と気張ってるのに...













偶然なのか必然なのか。

こんな時に限って、テレビの特集やらCMやらで最近頻繁に流れる曲に耳が傾く。

“あの子”の若すぎる死を『けれど しあわせ』と歌うこの曲に、

感情を高められながらも、慰められ励まされている自分がいます。

前を向いて、生きないといけませんよね。


































ここまで読んで頂いた方々。

何だか順序が良くわからない感じになってしまったけれど、

目を通して頂けて嬉しいです。

彼女を知ってる方、そうでない方も、

少しだけ、彼女の事を想ってもらえると幸いです。

ほんの一時だけでも良いので。
























そして、理恵。

本当にお疲れ様でした。

私は、もう少しこっちで頑張るよ。


























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ありがとう。

また、会いましょう。