ニュートンで夢ひろがりんぐ

「超ひも理論」の仮説によると万物は「ひも」でできており、「ひも」の振動によって無数の種類の素粒子が生まれるのだという。

かわいい僕ちゃんだって・・・
↓

「ひも」で出来てるんだよ!というNewtonのナイスイラスト
つまり宇宙は「ひも」が奏でる音楽で構成されている
と言えるわけである。
(※実際のところ素粒子レベルの「ひも」の振動で音が発生しているのかな?要調査)
最近、宇宙物理学とはまったく別のベクトルから
「人はなぜ音楽を求めるのか?」ということを考えていた。
音楽を聴いたって腹の足しにはならないし、背がぐんぐん伸びるわけでもお金持ちになるわけでもない。そんな実体のないものに対してなぜ人間は身銭を切ってまで求めるのか。
Newtonを読んでいたら、その疑問がにじり寄ってきたように思えた。
宇宙が「ひも」の音楽で構成されている
とするならば
音楽で宇宙の構造を表現することができる
という理論が成り立つのではないか。
これがNewton「1時間でわかる超ひも理論」を読んで生まれた新たな疑問です。
謎が謎を呼ぶわ物理学、、、と思っているとブライアン・グリーン博士の記事にこんな記述が。
「物理学者リチャードファインマンは、『物理学はある意味チェスのようだ』と言いましたが、これは名言だと思います。まず初心者はチェスのルールを覚えることからはじめますが、(中略)それははじまりにすぎません。ここからルールを活用して面白い戦略を考えながら、試合を組み立てていくはずです。」
でましたね!ファインマンさん→「ご冗談でしょう、ファインマンさん」
アインシュタインさんとファインマンさんとベートーベンさんが現代に生きる気鋭音楽家に降霊してくれたら、もしかして宇宙の謎を解き明かす驚愕な音楽が生まれるのでは・・・!?
・・・あれ?
なぜか気鋭音楽家とイタコさんを探してみる必要が生まれてしまった・・・
しかし戸惑うなかれ、これも壮大なチェスの戦略なのだ。

あなたとわたしがいま覗いているパソコンも
美しいばらの花もダイヤモンドも猫も杓子も
万物はすべて「ひも」で構成されている。
これが物理学会で研究が進められている「超ひも理論」の仮説だ。
1980年なかばごろから研究が盛んな「超ひも理論」は
“自然界の最小部品は素粒子のような点ではなく「ひも」”だという。
その「ひも」の振動の響きによって各種さまざまな素粒子が発生。
例えるならばバイオリンの弦のはじきかたでさまざまな音が生まれるのと似ているらしい。
ちなみにバイオリンの振動は1秒間に数百回も振動しているが、
「ひも」はなんと1秒間に100兆回の100兆倍のさらに100兆倍も振動しているという。(この時点で数字音痴の頭から煙が吹き出しました)
いつもニッチなツボをグサリと衝いてくる
Newtonの2013年1月号「1時間でわかる超ひも理論」に掲載されているブライアン・グリーン博士によると、
博士「宇宙のサイズをさらに小さくすることと、宇宙と大きくすることが、物理学的に等価になる(区別できなくなる)のです。これを「T双対性※」といいます。この考え方によると、宇宙誕生までさかのぼっても宇宙のサイズはゼロに到達できない、ということになります。」
ーNewton 小さくなることは大きくなることと同じ・・・。まるで禅問答のような不思議な話です。このような考え方が宇宙誕生の謎にせまる鍵になるわけですね。(同誌掲載 特別インタビューより)
※長さを測る「ものさし」自体の概念が、素粒子のような極小の世界ではあいまいになることがしられており、その結果、ひもの長さの1/2の宇宙と、ひもの長さの2倍の宇宙は物理学的に同等で区別できなくなる。これを「T双対性」と呼ぶ
ここでも出てくるキーワードは
「ゼロ」→「無」とはなんだ?
「ものさし」→カオス理論とフラクタル理論とバカボンの教え
さすがNewton、、、理論にブレがない!嬉々としながら其の二に続く…
わたしは極度の方向音痴で
先日も歯医者で恥ずかしい思いをした。
ビクつきながら治療を終え待合室に戻ったつもりで
ぐいっと扉を開くとなぜかそこはバックルームで
休憩中の歯科衛生士さんとご対面してしまった。
わたし「えっ?」
衛生士さん「えっ?」
治療室を出て通路の左と右を間違える。
こういうことは日常茶飯事なのだがやっぱり恥ずかしい。
そして今朝の夢の話。
わたしは見知らぬ繁華街の陶芸店で茶碗や小皿を5点ばかり手に入れて
うれしくて小走りに帰ろうとしていた。
(なぜか焼き物は包装されてなく両手で割れないように抱きしめながら走っている)
しかし、というかやはり走っても走っても見知った場所に辿り着かない。
向こうまで走っては
「あれ・・・逆かも」と思いはじめてくるりと踵を返してみたり
「いやいやここを右に行けば・・・」などと迷走しはじめる。
あっという間に方向感覚はぐにゃぐにゃになり
夢の中にありがちな現象で足はもつれまくる。
泣きそうになりながらあちこち走る→転ぶ→陶器割れる(以下ループ)
もう最後になってしまった焼き物をかかえて
お願いだからもう帰らせて・゚・(ノД`;)・゚・ と激走している途中で目が覚めた。
起きたときのあの安堵感をなんと説明したらいいのだろう・・・
目覚めてとっさに出た言葉は
「 家 に 居 る ! 」
久しぶりに焦燥感あふるる夢を見た。
この方向音痴は死ぬまで治らないらしい。
ならばせめて夢の中では迷わせないでほしい。
うーん。。あいふぉん持てば解決するのだろうか・・・
先日も歯医者で恥ずかしい思いをした。
ビクつきながら治療を終え待合室に戻ったつもりで
ぐいっと扉を開くとなぜかそこはバックルームで
休憩中の歯科衛生士さんとご対面してしまった。
わたし「えっ?」
衛生士さん「えっ?」
治療室を出て通路の左と右を間違える。
こういうことは日常茶飯事なのだがやっぱり恥ずかしい。
そして今朝の夢の話。
わたしは見知らぬ繁華街の陶芸店で茶碗や小皿を5点ばかり手に入れて
うれしくて小走りに帰ろうとしていた。
(なぜか焼き物は包装されてなく両手で割れないように抱きしめながら走っている)
しかし、というかやはり走っても走っても見知った場所に辿り着かない。
向こうまで走っては
「あれ・・・逆かも」と思いはじめてくるりと踵を返してみたり
「いやいやここを右に行けば・・・」などと迷走しはじめる。
あっという間に方向感覚はぐにゃぐにゃになり
夢の中にありがちな現象で足はもつれまくる。
泣きそうになりながらあちこち走る→転ぶ→陶器割れる(以下ループ)
もう最後になってしまった焼き物をかかえて
お願いだからもう帰らせて・゚・(ノД`;)・゚・ と激走している途中で目が覚めた。
起きたときのあの安堵感をなんと説明したらいいのだろう・・・
目覚めてとっさに出た言葉は
「 家 に 居 る ! 」
久しぶりに焦燥感あふるる夢を見た。
この方向音痴は死ぬまで治らないらしい。
ならばせめて夢の中では迷わせないでほしい。
うーん。。あいふぉん持てば解決するのだろうか・・・

「ロシア人のロシアンブルーの瞳で見る赤と
日本人の黒い瞳で見る赤は明度が違うらしい」
この話を神戸のマトリョーシカ専門店で聞いたあとに、ふと浮かんだ謎があった。
それは中国雲南省の山岳地域に暮らす少数民族の民族衣装だった。
山の中の普段着なのに、なぜあんなに色鮮やかなんだろう。
(外部リンク:中国雲南省 民族衣装)
幾何学的にも見える刺繍や文様は、民族の歴史や伝えたいことを継承するために生み出されたものだそうだ。それでもあのカラーリングは不思議だった。
蛍光色のようなピンクやオレンジや黄緑が黒と融合している美的センスはいったいどこから生まれたのだろう?
彼女たちは黒い瞳だから明度の問題ではなさそうだし、山の生活だから(熊と間違えて撃たれないように)派手になっていった可能性はあるが、それにしてもサイバー感ただよう色彩感覚についての謎が残る。
では、視野を広げて世界の民族衣装はどうだろう。
たとえば日本には着物(和服)という美しい民族衣装がある。もちろん色艶やかな染めや刺繍など華やかな着物もあるがそれはハレの日の衣装で、江戸時代の庶民が着るものといえば(幕府から絹禁止令が出たりするので)木綿や麻などの素材だった。(そのなかでも江戸小紋など粋な文化が生まれた)
では、日本の伝統色はどうだろう。
日本の伝統色は、自然の風景や動植物といった花鳥風月の世界観でまとまっている。
「桔梗色(ききょういろ)」
「茄子紺(なすこん)」
「東雲色(しののめいろ)」という字面からもそのニュアンスは感じ取れる。
ちなみにその源流は平安時代の王朝文化から生まれた。しかもその頃すでに「かさねの色目」という概念があり、日本の四季の気候にあわせ、伝統色のなかから定番色の組み合わせまでもが流行し、のちに文化として現代まで受け継がれてきた。
民族衣装の謎は、それぞれの風土、歴史、美的感覚などを紐といていくと、納得する文献にたどりつく。それでも、ひとつ謎がとけてもまた次の謎が待ちかまえている。
色と世界をめぐる旅は続く....

ロシアの民芸品マトリョーシカはかわいい。
ずんぐりむっくりの人形をパカッと開けるとあれよあれよとミクロになっていく展開が爽快で、何度くりかえしても飽きない魅力がある。

そこで、なぜ「かわいい」と感じるのかを分析してみると
「丸みを帯びた体型」
「パカッとしたときの爽快感」
「ロシアの伝統的な色づかい」などが思いあたった。
「丸みを帯びた体型」は手にしたとき握りやすく、木の質感が気持ちいい。
パカッとするとちょいミクロ、さらに開けるとまたミクロ、と えんえん続くループ感もいい。
ロシアの伝統的な色づかいは、鮮やかにくっきりと目に飛び込んでくる「赤」がかなり印象的だ。
以前、神戸の異人館のあたりで激しく道に迷い、いくら歩き回っても目的地のパン屋が見つからず、もうあきらめかけたときに偶然マトリョーシカ専門店の前を通り過ぎた。
我々のような極度の方向音痴族には、まさかの「目的地までたどり着けない」という事件が発生するのだ。
「もうパンはあきらめて、せめてマトリョーシカを見て疲れをとろう…」
肩を落としながらお店に入ると、お店いっぱいにならんだマトリョーシカがカラフルにむかえてくれた。猫や動物のマトリョーシカ、政治風刺もの、伝統的な絵柄のものなど賑やかな店内は少しだけ焼きたてパンのことを忘れさせてくれた。
陳列のなかから、伝統的なロシアの女の子が描かれているものを手に取ってみる。

民族衣装に身をつつんだロシアっ子
鮮やかな赤、黄色、青、緑、黒
メリハリのある色彩感覚とロシア独特の世界にひたりながら店員さんと会話していると、ふと疑問が口をついて出た。
「でもどうしてこんなに赤の色が鮮やかなんですかね?」
すると、「聞きかじった話ですが…」と前置きしながら教えてくれた。
「私たち日本人は瞳の色が黒いですがロシアのかたは薄い青なんですよね。その色素の違いで、私たちには鮮やかに見える赤も、かれらから見るとそれほど鮮やかには見えないらしい、、、という話を、以前に大学教授の方から聞いたことがあります」
なるほど、瞳の色素が違えば色彩の明度も違って見えるというのは納得できる意見だった。
ということは私たちが見ている風景もロシアンブルーの瞳で見れば違うフィルターのかかった色で見えている。ひとくちに「赤」といっても誰もが同じ「赤」を見ているわけではない。。。
マトリョーシカから紐解いてみる伝統色の謎は続く。。。
ずんぐりむっくりの人形をパカッと開けるとあれよあれよとミクロになっていく展開が爽快で、何度くりかえしても飽きない魅力がある。

そこで、なぜ「かわいい」と感じるのかを分析してみると
「丸みを帯びた体型」
「パカッとしたときの爽快感」
「ロシアの伝統的な色づかい」などが思いあたった。
「丸みを帯びた体型」は手にしたとき握りやすく、木の質感が気持ちいい。
パカッとするとちょいミクロ、さらに開けるとまたミクロ、と えんえん続くループ感もいい。
ロシアの伝統的な色づかいは、鮮やかにくっきりと目に飛び込んでくる「赤」がかなり印象的だ。
以前、神戸の異人館のあたりで激しく道に迷い、いくら歩き回っても目的地のパン屋が見つからず、もうあきらめかけたときに偶然マトリョーシカ専門店の前を通り過ぎた。
我々のような極度の方向音痴族には、まさかの「目的地までたどり着けない」という事件が発生するのだ。
「もうパンはあきらめて、せめてマトリョーシカを見て疲れをとろう…」
肩を落としながらお店に入ると、お店いっぱいにならんだマトリョーシカがカラフルにむかえてくれた。猫や動物のマトリョーシカ、政治風刺もの、伝統的な絵柄のものなど賑やかな店内は少しだけ焼きたてパンのことを忘れさせてくれた。
陳列のなかから、伝統的なロシアの女の子が描かれているものを手に取ってみる。

民族衣装に身をつつんだロシアっ子
鮮やかな赤、黄色、青、緑、黒
メリハリのある色彩感覚とロシア独特の世界にひたりながら店員さんと会話していると、ふと疑問が口をついて出た。
「でもどうしてこんなに赤の色が鮮やかなんですかね?」
すると、「聞きかじった話ですが…」と前置きしながら教えてくれた。
「私たち日本人は瞳の色が黒いですがロシアのかたは薄い青なんですよね。その色素の違いで、私たちには鮮やかに見える赤も、かれらから見るとそれほど鮮やかには見えないらしい、、、という話を、以前に大学教授の方から聞いたことがあります」
なるほど、瞳の色素が違えば色彩の明度も違って見えるというのは納得できる意見だった。
ということは私たちが見ている風景もロシアンブルーの瞳で見れば違うフィルターのかかった色で見えている。ひとくちに「赤」といっても誰もが同じ「赤」を見ているわけではない。。。
マトリョーシカから紐解いてみる伝統色の謎は続く。。。
新潟の旅の一冊は
「困ります、ファインマンさん/R.P.ファインマン 大貫昌子訳」(岩波現代文庫)
ファインマンさんは好奇心旺盛な物理学者で
音楽ではボンゴがお上手だった。
(いい映像がYOUTUBEにあってびっくり)
チャーミングすぎる
「困ります、ファインマンさん/R.P.ファインマン 大貫昌子訳」(岩波現代文庫)
ファインマンさんは好奇心旺盛な物理学者で
音楽ではボンゴがお上手だった。
(いい映像がYOUTUBEにあってびっくり)
チャーミングすぎる
新潟市内で時間があったので
万代橋美術館のメアリー・ブレア原画展へ。

ウォルトディズニーの女性クリエイターで
「ふしぎの国のアリス」「シンデレラ」「ピーターパン」など名作のカラースタイリストを担当。ディズニーランドの人気アトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のデザインも彼女が手がけた。
音声ガイドを聞きながらじっくり鑑賞していくと
「あれって、メアリーブレアの絵だったんだ」というものがたくさん。
なかでも
「ちいさいおうち」(都市開発で高層ビルに囲まれてしまう 困り顔の家)と
「わたしは とべる」(I CAN FLY!)の絵本は
幼児のころ、かなりしつこくループ絵本していた思い出が蘇った。
あのちいさい家がどんどん困っていく顔を見て
見ているこちらのちいさいこぶしを何度握ったことだろう。
「わたしは とべる」は谷川俊太郎さんの名訳とメアリーの自由なイメージアートで、一瞬にして何にでも変身できる魔法の絵本だった。
新潟はいいところだ。
できれば佐渡に渡ってトキを見つけたかったが、
旅の偶然で、まだバブバブとしていた幼少の記憶を呼びおこされた。
あのころ体験したワンダーランドを購入。

もちろん自分用…ではなく、これを身の回りのちびっこへプレゼントして「わたしも とべる!」のたのしさを味わってもらうためだ。
万代橋美術館のメアリー・ブレア原画展へ。

ウォルトディズニーの女性クリエイターで
「ふしぎの国のアリス」「シンデレラ」「ピーターパン」など名作のカラースタイリストを担当。ディズニーランドの人気アトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」のデザインも彼女が手がけた。
音声ガイドを聞きながらじっくり鑑賞していくと
「あれって、メアリーブレアの絵だったんだ」というものがたくさん。
なかでも
「ちいさいおうち」(都市開発で高層ビルに囲まれてしまう 困り顔の家)と
「わたしは とべる」(I CAN FLY!)の絵本は
幼児のころ、かなりしつこくループ絵本していた思い出が蘇った。
あのちいさい家がどんどん困っていく顔を見て
見ているこちらのちいさいこぶしを何度握ったことだろう。
「わたしは とべる」は谷川俊太郎さんの名訳とメアリーの自由なイメージアートで、一瞬にして何にでも変身できる魔法の絵本だった。
新潟はいいところだ。
できれば佐渡に渡ってトキを見つけたかったが、
旅の偶然で、まだバブバブとしていた幼少の記憶を呼びおこされた。
あのころ体験したワンダーランドを購入。

もちろん自分用…ではなく、これを身の回りのちびっこへプレゼントして「わたしも とべる!」のたのしさを味わってもらうためだ。
友人の誕生日や入籍などのお祝いをするため
春の代々木公園に今年も西郷弁当を持っていった。

西郷さんの奥にはデッドベアたちが
ちなみに、過去の西郷弁当



西郷さんがいるとお弁当に風格が出る。
この日はまだ桜が咲いていなかったのに
公園はお花見客で溢れていた。
謎のリクルートスーツ大軍団、酔いつぶれて介抱される学生とそのサークル仲間、いつまでもボールを追いかけている泥まみれの欧米若者たち。
ステージエリアでは春の代々木公園 恒例のイベント「春風」が行われていた。
そういえばこの日の主役である、入籍したばかりの友人女性(通称:西郷どん)と初めて出会ったのが '00年の「春風」だったんだよね、などという井戸端トークを繰り広げながら春の夜はふけていった。
今回、春風のステージはほとんど見れなかったのだが
幸運にも佐藤タイジさんのライブだけは堪能できた。
あいかわらず、ほとばしっていた。
春の代々木公園に今年も西郷弁当を持っていった。

西郷さんの奥にはデッドベアたちが
ちなみに、過去の西郷弁当



西郷さんがいるとお弁当に風格が出る。
この日はまだ桜が咲いていなかったのに
公園はお花見客で溢れていた。
謎のリクルートスーツ大軍団、酔いつぶれて介抱される学生とそのサークル仲間、いつまでもボールを追いかけている泥まみれの欧米若者たち。
ステージエリアでは春の代々木公園 恒例のイベント「春風」が行われていた。
そういえばこの日の主役である、入籍したばかりの友人女性(通称:西郷どん)と初めて出会ったのが '00年の「春風」だったんだよね、などという井戸端トークを繰り広げながら春の夜はふけていった。
今回、春風のステージはほとんど見れなかったのだが
幸運にも佐藤タイジさんのライブだけは堪能できた。
あいかわらず、ほとばしっていた。



