朝のコーヒー飲みながらオチトモteaのブログ読みながらあれこれ考えるなう。

「自己管理」って世間様は簡単に言うけど、自己を管理するってどういう事かな。

よく使わられる意味は体調管理だったりスケジュール管理だったりだけど、自分が一番左右されがちな物ってなんだろうって。

ま。感情ですな。
その時湧き上がった感情をどうコントロールするかが結局のところ自己管理のコツだと思う。
というか、自己管理って元々そういう意味だと思ってる。
言動や行動、思考、生活 … ひっくるめて自己。

辞書曰く。自分の生活や行動を律して、健康維持や学力向上などをしっかり行えるようにすること。自分を管理運営すること。

自分を管理運営する事?

運営か。思ってたより更にシビアな感じ。
でもじゃぁ、なんでコントロールする内容に「感情」が一般的に含まれていないのかって考えたら、「感情はコントロールできて当たり前の物」って事なんだろうね。

でも、この言葉が出来た時代に比べて今は感情をコントロールできない人が多い気がする。
それは「自由」という言葉の元に生まれた気もするし、自由の意味をはき違えた表面上の自由を追い求めた人から生まれたような気もする。

ま。大きく括れば自分もそうなんだよね。
誰から始まったかとか関係なく、自分も自分の自由を求めてる。

で、こうなってくると自由ってなんだって話になっちゃうのでちょっと話戻して。
感情のコントロールについての話。


でも何ていうか、今的「世の中」じゃそれが普通。


普通ってことの恐ろしさを改めて感じる今日この頃。
昨日たまたまケータイニュースを読み漁ってた時に見つけた記事に、「1歳児から覚せい剤検出される」っていうのがあってさ。

子供の体調がおかしいって病院に連れて行って検診受けたら覚せい剤反応ありと診断されて。
母親は知らないって言ってて、警察による家宅層宅ではそれらしき物が上がらなかったって事だったんだけど。


じゃぁ、どうやってその子はそれを接種したの?


1歳児が自分で出来る事ってもの凄く限られてて、自分で行けるところも限られてて。
仮に誰かが乞いにそれをやったとして。
それが普通に起こりうる世の中ってどう?


そしてこの検診自体、行われたのは5月って話。


つまり5か月も前にこんな恐ろしい事件があったのに、報道されたのは昨日だったってさ。


普通の定義が一気に変わった瞬間だった。
「今の世の中壊れてる」と思ったりするけど、今はそれが「普通」。

誰かが言ってたけど、「異常も続けば通常になる」ってさ。


じゃあ、感情コントロールできるようになればそれが全部なくなるかって言ったらそうじゃないけどさ。冷静に善悪の判断つけられるようになるでしょって。
ダンスの必修科目作る前に、こういうこと授業で扱おうよ教育委員会。とかね。


で、自己管理の話。
自分の感情をコントロールするにはまず自分自身を知らなきゃならない。
よくいう自分を客観視するというやつ。

感情論一切抜きにして、自分という他人がいたとして。
ただただ冷静に分析する。

行動パターンとか思考回路とか。最初は興味関心についてからでよくて。そこから少しずつ広げていく。


結局さ、感情ってその時の一時的なものだから、時間が経てば忘れちゃうんだよね。
つまり、怒りや不条理さを感じても、それは常に持続しない。
でも冷静に考えた事は持続していくし、常に頭のどこかに置かれた状態になると思ってる。

ま。ざっくりと。
色んなこと円滑に回すために自己管理を改めて見直しているよって話。


さて。


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