引き際が肝心だなんて自分を制してみたけれど…

思い悩んでいるようじゃ埒があかない

散りゆく花は美しく

どうかその手で散らせてほしい



「んっ…」


ふいに息苦しさを感じて寝返りを打とうとしたが、どうにも身体が動かない。
徐々に覚醒していく頭で、危殆を感じていた。
目を開けば、俺を見下ろす鋭い視線とぶつかる。
雲間に隠れた月のせいで、部屋は漆黒の空間だ。
その闇の中でそいつの瞳だけが薄く光を宿していた。
狼狽しそうになるのを抑え、俺の上に股がる男を睨みつける。



「てめえ、何してやがる?」


「鬼の副長がこれほど簡単に寝顔を晒してくれるとはね」


「寝込みを襲うなんざ、趣味が悪いな」


「そう言うわりには為すがままだ」


その言葉を受けて俺ははっとした。
枕元にある刀に手を伸ばせば、こいつを斬ることもできただろう。
どうして俺はそうしなかった?
殺気が感じられなかったからか。
だとしたら何故こんなことをするんだ、こいつは。
殺るならいくらでもチャンスはあったはずだ。
野心の塊のような男だ、何か企んでいるに違いない。
俺を蹴落として副長の座を奪うのか。
いや、それどころが近藤さんをも蹴落とすつもりだろう。
愚問を飲み込んだ俺は、伊東を払いのけた。
しかし、こいつは俺の手首を掴んで捻り上げる。


「何しやが、」



怒声を浴びせようと開いた口を塞がれた。
ぬるりと滑りこんでくる舌が気持ち悪い。
それなのに抗えない俺はどうかしている。
静寂の中に水音だけが響き渡る。


「いい表情だ」


唇を解放して退いた男は、冷たい笑みを張り付けている。
口元を拭って立ち上がり、伊東の胸倉を掴んだ。



「もう、行っちまうのか…」


自分でも信じられない言葉を吐いた俺を、伊東は驚愕した顔で見下ろす。
きっと今の俺はそれ以上に間抜けな面をしていることだろう。


「君…は、僕のことが」


「嫌いだ」


「では何故殺さなかった」


「ふん、こっちが聞きたいぜ」


「まさか受け入れてもらえるとは思っていなかった」


「俺だって、動揺してる。だが、嫌悪感はねえ」



伊東に視線をぶつけると、ふわと表情が和らいだ。
こんな顔をして笑うのか、この男は。
いつもの人を嘲るような顔とはまるで別人だった。



「土方…」




俺の名を呼びうっすらと目に涙を浮かべて床に座り込んだ。
気付けば俺は目の前の伊東を抱き締めていた―――




Fin.