私はついこの前まで、幼少期から今現在に至るまでに自分の身に起こった嫌な事、
煩わしい過去を掘り起こしてきては落ち込み悩む日々を送っていました。
その内容は特に幼稚園~思春期くらいの時のものが多くて
やれ友達とうまくいかなかっただの、嫌がらせを受けただのと挙げればキリがないくらい、次々と嫌な記憶ばかりが言わば“自動的に”思い出されてしまう。
そして、そのどれもが
『こんな嫌な事を経験した人なんて私だけしか居ないはず。みんなはもっと楽しい子ども時代を過ごしてるに違いない。という事は私の人格に問題があるから次々と嫌な事ばかりが起きたんだ、つまり全部私が悪いんだ。』
という根拠もないメチャクチャな理由から自分を責める結論を産み出しては
『やっぱり自分はこの世で一番ダメな奴』
と、自分で自分を罵っていました。
辛いのに、自分を否定したくないのに
過去が自分をダメな奴だと責め立てている様で、でもそれを否定するモノが何も無くて、
負の感情という名の波に呑まれ、もがき苦しんでもどこにも答えが見つからなくて、
何度と考え悩み苦しんでも
結局は
『全部自分が悪い』
この絶望に一番近い結論がしっくりときてしまう。
でも、最近そんな日々にようやく終止符を打てそうです。
旦那に過去の話を散々聞いて貰って一つ一つ解消していったことと、
カウンセリングで親の事や自分の子ども時代について客観的に見つめ直していくうちに過去と現在に境界線を引けるようになりました。
これまでの私の思考パターンは
過去に親や友達から蔑ろにされた事がある、だから私は過去も今も他人から蔑ろにされる様な価値の無い人間なんだ。
きっと将来この先もずっとこういう運命なんだ。
という考え方だったのが
過去に親や友達から蔑ろにされた事があった。だけど今は最愛の夫もいるし良い友達にも恵まれてる。
蔑ろにされたのはあくまで過去の事で、今の自分は違うし、将来この先の自分の運命を決めるのは自分自身だ。
と考えられる様になりました。
周りからどれだけ
『過去をいつまでもひきづってても仕方ないよ』『もっと前を見なくちゃ』
と励まされても、それができれば苦労しないよ…。と、考え方を変えられないでいた私でしたが、
自分でちゃんと気がついてからは
その言葉の意味がようやく分かる様になりました。
これもネガティヴでいつまでも引きづりやすい性格なのだと自己分析していましたが
最近ようやく鬱病のせいだったのだということが分かりました。
この話しを、身内に鬱病患者を抱えている先輩に話したら
『自分の身内にもカウンセリング行かせてみようって気持ちになった』と言って下さったのでブログの方にも載せてみました。