ぶろぐをやる以上は、毎日書かなあかんと思いつつ、2日間休んでしもた。

これから頑張ろ。


さて、エントリーは「サザン」。南海特急ですが、いまや看板の特急があります。それは「ラピート」。

関空を使う用がないとなかなか乗る機会がないのですが、一度は乗ってみる価値があります。この奇抜なデザイン、日本の他の私鉄の特急車両は足元にも及ばない。南海電鉄、大いに誇るべし。


私も一度乗ったことがあります。
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昨年和歌山に行くため、関空から泉佐野まで乗りました。泉佐野までなら、ラピートの指定席特急券が何と100円!わずか数分間ですが、リッチな気分を味わえました。


それにしても、このぶろぐのURLにも使っている特急「サザン」の平凡すぎる車両のデザイン、何とかならんもんか。指定席車両こそ、最初のぶろぐに貼り付けているようなちょっとガッチリした形状の車体ですが、後ろ半分の自由席の車両はごくフツーの急行で使っているような車両です。なんばから和歌山市にいくのは、この特急。

なんば-和歌山市駅間が南海の本線で、関空へ行くのは支線やぞ。本線の特急、もっとええ車両にしてくれと、言いたい。

しかし、サザンは特急料金もいらんし、行き先の和歌山は過疎化が進みつつある県、ラピートのようにいかないのはしゃあないか。


前半分と後ろ半分が違う車両で、そのデザインもごくフツーのありきたりの電車、そういう特急「サザン」に心魅かれ、和歌山に行く際にはよく利用している。

2年ほどご無沙汰してました。

ぶろぐ再開します。


この間いろいろなことがありました。

悲しいことがありました。

つらい日々でしたが、旅行に行き始め、少しずつ元気を取り戻しつつあります。


gottonのブログ-陸上自衛隊演習

いまや、ぶろぐの時代ではなくなり、ツィッターとかフェイスブックが盛んになっていますが、古い人間ですので、ぶろぐでいきます。

なぜ私が半世紀も前に聞いたこの歌を覚えているかというと、前か後にこのCMソングが流れる南海電鉄のあるテレビ番組がなつかしく、今から思うと少々滑稽にも感じられるからでる。


そのテレビ番組はどのようなものかと言うと、視聴者から提供された2枚の写真を使い、10分程度の短い劇を創作し、放映するというもの。


毎週放映する15分程度の短い番組で、前週にこの写真を使いますよと予告しておき、当日の番組では、最初に1枚目の写真からその短い劇が始まり、最後に2枚目の写真で劇が終わるというものです。


なんだそれだけかと思われるかもしれないが、当時のTV放送設備のレベルからすれば、そこに並々ならぬ苦労が込められていた。


すなわち、当時、TV放送は全て生放送であったため、以下のように行なわれた。

①最初の写真を映した後、スタジオのセットで写真と同じように作っておいたその場面に人を配置して、しばらく静止した状態から劇を始める

②10分ほどの短い劇が進行する(それなりの話のすじと落ちがある)

③最後に、しばらく静止した状態で終わり、2枚目の写真を映して写真と写真の間が劇でつながるというもの


これらが、やり直しのきかない生放送で行なわれるため、NGシーンが頻発する。特に、最初の写真から劇、最後の劇から写真へ移る場面の不連続性には、アレレという気付きとか、ウフッという笑いを押し消す、番組出演者の苦労が感じられた。

写真は人がベンチに座っているといった動きのないものは少なく、動作途中のものがあるから、時には片足で前のめりの状態で静止していなければならないところ、堪えきれずにオットトと両足をついてしまう場合があるのである。


日本でTV放送が始まったのが昭和28年、TVドラマの放送に初めビデオテープによる録画が利用されたのが昭和33年なので、生送での放映には、出演者、放送局技術担当者ともに苦労されたことと思う。


当時のテレビは、この写真に示すように四隅が丸い、14インチのブラウン管を使った真空管式のものであった。

私の家では、テレビを購入したのは比較的早く、昭和31年であった。

上記の番組が放映されていたのはいつ頃か、昭和33年以前か、以後かははっきりしない。

TV放送にビデオ録画が導入されても、テープや機材が高価ですぐに切り替わることはなかったためで、生放送が主体であった頃としかいえない。(なお1970年代まで、収録されたビデオテープに別の番組上書きするといった使われ方がされていた。これは、テープが高価というよりも全ての番組を保存する必要ははいと言う判断によるものかもしれないが)