「死にたくないと強く願ったことを、覚えてないの?」
タオと名乗る男の発言にギョンスとジョンインは驚きのあまり固まってしまう
確かに、ふたりはそれぞれ生死を彷徨ったことはある
しかし、他にはだれもおらず、自分と"もうひとりの自分"しか居なかったのだ
それでも全てを覚えているわけではなく、肝心な記憶の一部が抜け落ちたようにあやふやである
死の間際の前の記憶をあまり覚えていないのだ
「・・・ふふ、聞きたいことがたくさんあるみたいだね」
ふたりがさらに警戒する様子を見て、タオは困ったように笑った
「僕と本来のタオはね、彼が母親のお腹の中にいるときに出会ったんだよ。君たちみたいに彼にも特殊な能力があって、時間操作ができるんだよ。でもその力は巨大すぎて能力を使うには犠牲を払わないといけないんだ」
「犠牲?」
「犠牲はつきものだよ。人によってその代償は違うけどね」
タオはジョンインを指差して言葉を続ける
「カイの相棒は瞬間移動でどこでも跳べるけど、自分ひとりだけしか跳べなくてどこに跳ぶかも制御できないでしょ」
「!」
「カイがいることで何人も一緒に目的の場所に移動できるわけ。だけど、僕らの場合は能力を使おうとするのを止めるための関係にあるんだ」
「本来のタオが能力を使うときの犠牲って・・」
答えを察したギョンスは顔が青ざめていく
「そう、彼の犠牲は彼の生命(いのち)そのものだよ。彼は人のためにその力を使うから、生命を削っていく。だから、お腹の中にいる時にはもうその生命が尽きてしまうところだった。だけど、彼は生きたいって願ったんだよ。母親の顔を見たさにね」
辛そうに微笑むタオは本来のタオと同じように心を痛めている
つまりは、タオがその力を抑える存在としている、本来のタオが表に出てこないということなのだろう
しかし、能力を使わなければ生命は脅かされることはないのに、どうしてそのようになってしまったのか
「僕たちはふたりでひとつのいのち。傷ついてもすぐに完治するけど、不老不死ではない。たとえ力が暴走しても長くは制御できないんだ」
そう言うタオの顔は何かを悔やむような苦しい表情をしている。
「・・・そこのドールハウスには君たちの仲間がいるけど、助けるためには本来のタオを止めない限り助からない」
ふいに今までと違う顔つきになったタオは冷たい眼でふたりを見据える
「彼の力は僕でも止められない。だけど、彼を止めさせるわけにはいかない」
徐々に戦闘態勢になるタオにふたりも構える
「言ってること矛盾してるぞ」
「彼を止めないと彼も君も死んでしまうんじゃないのか」
「言ったでしょ?もう僕でも止められないんだって、ば!」
タオはふたりに襲いかかり、ふたりはギリギリのところで避けるが、体勢を整える前にギョンスはもろに次の攻撃を受けてしまう
「ギョンス!」
「ッ!?」
呼吸が一瞬止まったように感じ、横腹に強烈な痛みが走りギョンスは動くことができなかった
一瞬ではあったもののタオの能力(ちから)をギョンスは理解した
「ジョンッイ・・・気を、つけて・・・はぁ、彼は、、はァ、、武闘を、、ッ」
「わぁ!すごい!まだしゃべれるんだ〜!」
大袈裟に言う割にはあまり驚いているようには見えないタオにジョンインが仕掛けるが、タオはひらりと身をかわす
ジョンインが連続で攻撃をするも、タオはひらひらと蝶のように避ける
ジョンインは、その勢いにのって前のめりになった一瞬の隙を狙ってタオの強烈な蹴りが顔にヒットした
「ぐあッ!」
「君たちじゃー相手にならないよ。はやく出てきたらどうなの?」
タオの口ぶりから自分ではなく、もう"一人の自分"に言われているのだと、ギョンスとジョンインは察する
ふたりは意志を持って替えられるわけではない
"もう一人の自分"が表に出ていこうとすると、自動的に替えられてしまうのだ
だからといって"もう一人の自分"に本来の己の身体をそう易々と渡すわけにもいかない
「そう簡単に、渡してたまるか」
ジョンインが反撃に出て、ギョンスも続いて攻撃を仕掛ける
2人がかりで攻撃するも、難なく交わされてしまい、少しの隙に強烈な攻撃をくらってしまう
なんとか打開策は見つからないかと、何度も繰り返し探るも、あっけなく蹴り飛ばされてしまう
一度の衝撃があまりにも強く、10分も経たないうちにすでにボロボロのギョンスとジョンイン
それでも"もう一人の自分"が出てくる気配は一向にない
ギョンスは意識が戻る前に、彼が言っていたことを思い返していた
"はじまる"とは何がはじまるのか
なぜ自分が"泣く"のだろうか
「考え事なんて、まだまだ余裕あるんだ?」
いつの間にか背後につかれ躱すことも間に合いそうもない
強烈な一撃を覚悟し目をぎゅっと閉じるも、痛みは全くない
「う〜ん、それホントに厄介だけど、ほんとにそれがキミの能力なのかな」
切れた唇から垂れる血を手の甲で拭うタオ
彼の言っていることがギョンスにはわからなかった
ギョンスにタオの攻撃が当たらなかったのは、地面が突き上げるようにしてギョンスを庇ったからであった
一か八かで発動した能力が幸運にもタオの顔に命中したらしい
しかし、なぜ自分の能力(ちから)を疑われるのだろうか
ジョンインの瞬間移動のちからと"カイ"とのバランスを説明していた点では、彼はこちらの事をよく知っているようだった
ならばギョンスのこともお見通しであるだろうに、なぜ自分は"疑問"に思われるのか
「もしかして"ディオ"はキミに隠してるのかな」
こちらを分析しつつ攻撃を仕掛けるタオ
それを疑問に思い、防御する事が精一杯のギョンス
「ニンゲンって追い込まれると思わない力を発揮するって聞くよね」
タオの意味深い言葉に、これから更に何か仕掛けてくるという身の危険を感じたギョンスは、能力で土の壁を作ろうとした
タオは腕をギョンスの方へ伸ばし、指を鳴らす
ギョンスも同時に能力を発動したその瞬間、ギョンスの身体は硬直してしまった
その様子はまるで、ギョンスだけが"時が止まってしまっている"様であった
「ギョンス!」
そう、タオが言っていたように、"彼"の能力は"時間操作"である
ギョンスの時間を止められては、時が進められない限り、動くことは無い
「キミも時の中で眠りなよ」
硬直したままのギョンスに蹴りを一撃入れようとするタオ
それをすんでのところでジョンインが止める
「ギョンスに触れるな!」
野生のように唸るジョンインの姿に、ニヤりと笑うタオ
ーージョンイナ!来ちゃダメだ!
声も出せないギョンスの前で、ジョンインは遠くにある勝手口に続く扉まで蹴り飛ばされ、倒れてしまう
ぴくりとも動かないジョンインに、ギョンスは恐怖を覚えた
同時にタオに対する怒りが増加する
タオを睨むギョンスの鋭い眼にタオはにやりと笑ってみせる
それに更に怒りが爆発し、次第に地面が揺れはじめた
タオはその揺れの元に向かって手を差し伸べる
「キミの本来の力を見せてくれよ、ディオ」
··········To be continued