「読めれば、書けて、話せる?」で、英語の構文(文のかたち)を頭にインプットすることが、スタートになると書きました。

 

そして、これが英語力を身につけるための「キモ中のキモ」なのです。

 

ある意味、単純なことです。秘訣というほどのことでもないかも知れません。でも、これができるようで実はなかなか難しい。というのは、構文が頭にインプットされているとは、英文を見ても、書く場合でも、また会話する場合でも構文が反射的に出てくるような状態になっている状態のことを指しますが、そうなるためには、なんども反復して覚えるしかないからですし、それには一定の時間がどうしても必要だからです。難しいいというのは、多くの人が、この反復の途中で、なかなか眼に見える進歩がないからとギブアップしてしまうからです。

 

アメリカのある調査で、「外国語を習得するためには、最低でも4,000時間の絶対時間が必要」だという結果が出ています。これは、英語の学習に費やす時間をかりに一日2時間だとすると、2,000日、約5年かかるということです。私も、経験上、おおむね妥当な時間だと思います。もちろん合理的な方法で、この期間を短縮できます。それでも「読め、書け、話せる」ようになるためには最低でも2年程度はかかるでしょう。

 

でも、英語学習をはじめても、2年間継続して学習を続けられるでしょうか。かりに1年間続けてもいっこうに上達しているように見えなければ(たとえば相変わらず英文を読めない)、「やっぱりダメじゃん」と、ギブアップしたくなりませんか?

 

ここにポイントがあります。ここでギブアップしないで、とにかく反復学習を続けると、ある時、突然、急に視界が広がるように、読めて、書けて、話せるようになるのです。ちょうど、はじめて自転車に乗れるときのようなものです。これは、能力に関係なく(天才は別にして、人の能力の差なんてほんとにわずかですから)誰にでも訪れます。

 

なぜかといえば、なかなか上達しない期間に、本人は自覚していなくても、反復練習によって、構文のインプットが少しづつ確実に蓄積されているからです。それがある時に、芽を出すのです。

 

ですから、必要なのは、決して途中でギブアップすることなく、2年間ほど継続して反復学習すること(つまり学習の絶対時間)、ただこれだけです。

 

 

 

 

文脈のほかに、もう一つ大事なことがあります。

 

それは、英文を読むことがでできるようになれば、書けて、話せるようにもなるということです。言葉を変えれば、まず読むことから入っても、総合的に使える英語力は身につくということです。

 

これは私自身の経験からもそうでしたし、たぶん現在、英語をツールとして使いこなしている人の多くもきっと感じていることではないかと思います。

 

なぜかと言うと、英文が読めるとは、英語の基本となる構文(文のかたち)が前もって頭の中にインプットされた状態になっているからですが、そうなっていれば、書くこと(構文をアウトプッとすること)とも可能だからです。話すことは、相手があることなので、最初は心理的な壁を越える必要があるし、また瞬時に応答を返す訓練も必要になるので、書くことほどスムーズにできるわけではありませんが、それでも頭の中にある構文をアウトプットする点で書くことと本質的な違いはありません。

 

毎日英語を使わないと生活も勉強もできない留学のような方法をとれば、読むこと、書くこと、話すことを同時に訓練することになり、読むことを優先する必要性は乏しくなるでしょう。しかし、誰もが留学できるわけではありません。というわけで、大多数の人がそうであるように、日本にいながら英語力を身につけるとすれば、まず読むことからはじめるのが最も合理的な方法だと思います。

 

それに、すでにお気づきかも知れませんが、読むことからはじめるのは、中高の英語勉強方法とほぼ同じであり、私たちには入りやすいのです。

 

それに国内にいれば(英語が公用語になっているような職場は別にして)、書くことや話すことに比べ、読むことのほうが必要性が高いこともあります。ネットの世界の比重が大きくなっていますが、ネットでは英語が共通語であり、すこし調べる世界を広げるとすぐに英文テキストとぶつかります。

 

 

文脈から切り離された会話や書き言葉をポンと出されても、すぐ理解するのはもともと難しいと言いました。ですが、その難しさを減らすことは可能です。

 

それは、何事につけ、知識を増やすことです。英語圏について、たとえば英米の歴史や英米人の生活ついての知識に限りません。もちろんあるに越したことはないのですが、それよりも日本語の世界についての知識のほうが重要です。読書やネットなどで、分野を限定することなく、幅広い知識を身につけていくことが、いわゆる背景知識を増やすことになり、文脈の推理力を助けます。

 

恋愛や友情、原子力災害などなんでも、自分が興味のあることを中心にすこしづつその範囲を拡大していけばいいのです。これはわざわざ指摘するまでもなく、皆さんが日常的に、無意識にでもやっていることですね。でもあえていえば、英語を使えるようになるために、普段から意識的にこころがけることが大事だと思います。一番、手っ取り早く知識を増やす方法は、読書です。

 

もちろんご自分のこれまでの経験(たとえば恋愛など)から推理することも可能です。

日本語の世界ではむしろ経験から推理することのほうが多いかも知れません。

 

ということは、日本語の世界が豊かでないと、英語の力を身につけるのは難しいということです。これは「簡単な会話ならできるけれど、ちょっと込み入った話になるとお手上げになり、まして議論などは不可能」という人が多いことに現れています。でも簡単な英会話だけでは、英語を話す人たちから何かを学ぶ、自分の考えを相手に伝えることは出来ないわけですから、いったい何のために英語を学ぶのかということになります。

ビジネスの世界では、英語圏の人たちとの交渉で、議論ができないのは致命的です。

 

もちろん一挙に文脈を読む力を身につけることはできません。少しづつ、少しづつ日常的に幅広い知識を積み重ねていくしかありません。でもこれは誰でもできることです。

 

 

 

 

 

 

 

英文の説明に入る前に、二つほどお伝えしたいことがあります。

 

一つは、会話にしろ、書かれた文章(書き言葉)にしろ、すべて「文脈」に依存していることです。会話の中の一つの発言だけを取り出しても、その真意はわからないことが多いです。たとえば、

 

A 「おはよう。今日の調子はどうだい?」

B 「うーん、そこそこ」

 

という会話があったとしましょう。ごくありきたりの朝の挨拶のようですが、実は、前日、二人は飲んでいて、落ち込んでいたBはAに悩みを打ち明け、Aが励ましていたという事情があったとしたらどうでしょうか。Aの発言から、飲んだあとBの気持ちはどうだったのか心配している様子が、Bの応答からは、まだ悩みが完全には解消していない様子が伝わってきます。こうして前夜の出来事を知っていれば、二人の会話のニュアンスまで感じ取れますが、逆に知らなければ、ただの朝の挨拶に聞こえてしまうでしょう。二人の関係と出来事は、したがってこの会話の「文脈」ということになります。

 

書かれた文章についても事情は同じです。ある文章が書かれるためには、それまでの書き手の思考の流れが前提になっています。直前に書いたことを受けて、より詳しく補足する場合は、「しかし(but)」、「それに(and)」、「つまり(that is to say)」、「したがって(accordingly)」などの接続詞でつながれることが多いです。話をあらたな方向に進めようとする場合は、段落があり、接続名なしで、別の話題が持ち出されることが多いですが、あくまでそれまでの思考の流れが前提で、含まれています。でないと読み手は話の流れがみえず、混乱してしまいます。ですから、書き手の思考の流れが文脈になります。

 

小説でも読み始めのころは、登場人物の人間関係や家庭や社会の事情が説明される前なので、登場人物の会話が出てきても、よく理解できず、しばらく手探り状態が続きます。

 

そういうわけで、入試問題が典型ですが、文章の一部が切り取られて、「その意味を述べよ」と言われても、文脈が省かれているわけですから、もともと理解するのが難しいわけです。

 

とすると、会話と書き言葉を問わず、ちょっとした手がかりで背景にある文脈を(すべてではないにせよ)推察できる力をもっていれば、理解に有利だといことになります。(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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