中てる稽古をするな

こんにちは。

弓道をやっている人なら一度は聞いたことのある教え(?)に、中てる練習をしてはいけない、もしくは、中てることばかり考えていてはいけない、というのがあると思います。これについて考えてみたいと思います。

 

 

  何のための練習?

ずばり、弓道の稽古って、中てる練習ではないのでしょうか?弓道連盟の方に怒られそうですが、少なくとも射技の稽古は中てる練習以外の何物でもないと思いますが。

もちろん、体配や、礼儀作法も含めて弓道なので、弓道=中てる競技、とは言いません。でも、射技の稽古は中てる練習です。

ただし、意図的に、正射必中からあまりにも外れた稽古、例えば、わざと緩ませて中てる、などというのはどうかな、と思います。でも、矢勢が悪いから狙いを上げておくなどは、全然問題ないと思うわけです。

 

 

  的に中てるのが楽しいから弓道をやる

的に中てるのが楽しいから弓道をやる。これもダメなのでしょうか?弓道は単なるスポーツではなく武道であって、競技的要素に加えて精神修行的要素も大切。この考えもわかります。しかし、精神修行が第一となると、修行僧のお寺での修行と変わらなくなってきます。私はあくまでの精神的修業は射技の稽古の副産物であると思っています。弓道部の勧誘をするときに、「一緒に精神修行しようよ!」これではだれも入部しません。

弓道の稽古は厳しいです。なかなか中らないし、中っても苦しいです。それに耐えて稽古をすれば自然と精神的に鍛えられる、ということでよいのではないでしょうか。この点に関しては、他のスポーツでも同様に精神修行は伴ってくるわけで、こう考えると競技と精神という観点だけで言えば、スポーツとの境界はかなりあいまいです。

 

 

  スポーツと武道の境界線

ここまで書いてきて、スポーツ武道の境界線はかなりあいまいなのでは、と思ってきました。日本人は特にスポーツにおいても礼儀作法、対戦相手への敬意などは重要視されます。わざわざ境界線を引かなくてもよいのかな、とも思います。

皆さんどう思われますか?