聖書 みことば からのメッセージ -16ページ目

聖書 みことば からのメッセージ

聖書から、私たちに書かれているメッセージは何かを書いていきます。
聖書各書のジャンル、構造、文脈を大切にして釈義しています。

創世記33:1-17の聖書本文はこちらから

【中心聖句】
「ヤコブは答えた。『いいえ。 もしお気に召したら、 どうか私の手から私の贈り物を受け取ってください。 私はあなたの顔を、 神の御顔を見るように見ています。 あなたが私を快く受け入れてくださいましたから。どうか、 私が持って来たこの祝いの品を受け取ってください。 神が私を恵んでくださったので、 私はたくさん持っていますから。 』ヤコブがしきりに勧めたので、 エサウは受け取った。(創33:10-11)」


【文脈の理解】
ヤコブはペヌエルで神と顔と顔を合わせて見たのにいのちが救われ、祝福を得た。それによってヤコブはエサウの顔を見てもいのちが救われると確信し、騙し押しのけるヤコブから謙遜なイスラエルへと変えられた。

ヤボクの渡しを渡るときには、妻や子どもたちさえ自分の先に行かせたヤコブだが、エサウに会うときには妻と子どもたちに先だってエサウのもとに行った。ヤコブは7度も地に伏しておじぎをし、エサウのもとに行くと、エサウはヤコブを抱きしめ、口づけし、二人は泣いた。和解のしるしとしてエサウは、ヤコブの贈り物を受け取った。

エサウは赦す者として登場するが、ヤコブをカナンの地ではなく、セイルへと連れて行こうとした。ヤコブは丁寧に断り、二人は別れた。ヤコブはヨルダン川の手前のスコテに移り、自分のために家を建て、家畜のために小屋(スコット)を立てた。ヤコブはエサウとの隔てに和解を得、ついに約束の地を目前にした。


【著者の意図】
騙すヤコブは謙遜なイスラエルへと変えられ、約束の地を目前にしている。荒野を旅するイスラエルも神に反逆する者ではなく、謙遜で従順な本当のイスラエルとなり、約束の地に入るべきである。


【現代へのメッセージ】
謙遜なイスラエルは自分の権利を放棄し、エサウと和解をし、約束の地に入っていく。真のイスラエルであるキリストも自分の権利を捨て、十字架の死にまで従順になり、神とすべての国民に和解をもたらす。

私たちはいまだに騙したり、高慢であったり罪の性質をもっている。しかし、主は私たちを聖霊によって造り変え、自分の権利を捨て、和解を求めるものへと変えられていく。私たちが謙遜で従順な者へと変えられるとき、神の国がそこに現れる。