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聖書 みことば からのメッセージ

聖書から、私たちに書かれているメッセージは何かを書いていきます。
聖書各書のジャンル、構造、文脈を大切にして釈義しています。

創世記33:18-34:31の聖書本文はこちらから

【中心聖句】
「それでヤコブはシメオンとレビに言った。『あなたがたは、 私に困ったことをしてくれて、 私をこの地の住民カナン人とペリジ人の憎まれ者にしてしまった。 私には少人数しかいない。 彼らがいっしょに集まって私を攻め、 私を打つならば、 私も私の家の者も根絶やしにされるであろう。』
彼らは言った。 「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか。』(創34:30-31)」


【文脈の理解】
イスラエルへと新しく造り変えられたヤコブはベテルで石の柱を立てて神に誓ったように、パダンアラムからの旅が無事に守られたなら、ベテルで神を礼拝しなければならなかった(創28:20-22)。しかし、ヤコブはパダン・アラムから帰り、カナンに無事についたが、ベテルではなく、シェケムの町の手前にシェケムの支配者であるハモルの子らから土地を買い、そこに祭壇を立て、イスラエルの神である神と名づけた。ベテルで主に祭壇を立て、イスラエルが神の家とされるはずであるが、シェケムでヤコブは自分をイスラエルとして祭壇を立てたが、この箇所では、皮肉にもヤコブはイスラエルと呼ばれることがなく、いかに不信仰な人間で、リーダーシップがなく家庭が神の家にはほど遠い状態にあることが露にされている。

カナンの女たちの生活習慣はアブラハム、イサク、リベカに煙たがられていたにも関わらず、ヤコブの娘ディナはカナン人の娘たちを尋ねに出かけた。それで、この土地の族長ハモルの子シェケムがディナを見て、寝てはずかしめた。

ハモルの家庭とヤコブの家庭はともに家長のリーダーシップを失っていた。シェケムは父ハモルに荒々しくディナを妻としたいと詰めかけた。ヤコブは自分の娘が汚されたのに、息子たちが帰ってくるまで黙っていた。ハモルはシェケムの強姦に対し、花嫁料を払うことと、互いの娘たちをめとることによって同意を得ようとした。シェケムと父ハモルの意見は一致していたが、ヤコブと息子たちの意見は一致していなかった。ハモルの提案にヤコブではなく、息子たちが返事をした。ヤコブの息子たちは、シェケムの町中の人々が割礼を受けることによってディナをシェケムに与えると約束した。しかしこれは、悪巧みの条約であった。シメオンとレビはシェケムの人々が割礼の痛みがあるときに、シェケムの町の男子をすべて殺し、財産、家畜、幼子や妻を奴隷として略奪した。シェケムがディナを襲ったことは罰せられるべきことである。しかし、シメオンとレビがシェケムの町を襲ったことは度を過ぎた罰である。

ヤコブがようやく口にしたのは、「カナン人とペリジ人の憎まれ者となってしまい、私と私の家族が根絶やしにされてしまう」ということであり、自分のことだけを考えて、娘のディナが強姦されたことへの義憤も心配もない。

語り手はシメオンとレビの反語を伴うことばによってこのナラティブを締め括っている。「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか。」つまり、イスラエルの中でこのような恥ずべきことは許され(34:7)、罰せられるべきであることを強く主張している。

この箇所ではヤコブがいかに不信仰であり、自己中心的な者であるかを再度示すことによって、35章で神の恵みによってヤコブが信仰的な者へと変えられ、アブラハム契約を受け継ぐイスラエルとして立てられたことを教えている。


【著者の意図】
ヤコブは子どもたちを教えることができず、家長としてのリーダーシップは地に落ち、不信仰な者であった。しかし、神は不信仰なヤコブを信仰を持ったイスラエルへと造り変え、アブラハムの祝福を受け継がせる。ヤコブと同じように、荒野を旅するイスラエルも不信仰を悔い改め、従順なイスラエルとなり、約束の地へと向かうべきである。


【現代の私たちへのメッセージ】
ヤコブは不信仰で自己中心な者であったが、神の恵みによって謙遜で従順なイスラエルへと変えられた。アブラハム契約のとおりに、このイスラエルの子孫の中からイエス・キリストがすべての国民を罪から救うために生まれた。

ヤコブは不信仰で自己中心な者であった。しかし、キリストは神のことばに従順であり、神の栄光のみを求め、十字架についた。

シメオンとレビのしたことは度を超えていたが、イスラエルは神の代理として地を裁き、悪を行なっていたカナンの地を征服すべき民である。イエス・キリストは十字架につくことにより、サタンのかしらを打ち砕いた。

私たちは神に反逆し、自己中心な者であったが、イエスの十字架によって罪を赦され、神の民とされた。私たちは未だに不信仰なときがあるが、悔い改めて、従順な者へと変えられ、約束された神の国を求めよう。