行ってきました。封切り日のレイトショー。


この作品は二部構成。
主人公の青年期、熟年期を描いている。
古原靖久演じる青年・大門豊はまさに往年の山口暁氏を思い起こさせる熱気と力強さに満ちている。
冒頭からオープニングへの筋書きは様々な意味での昭和特撮らしさを思い出す。

オープニングの『戦え!電人ザボーガー』での細かいカット割りにまず震えが来た。
躍動する大門青年を活きのいいまま切り取った描写が涙ものだ。

中盤から第一部終了までは小さな笑いと突っ込みどころ
そして山崎真実演じるミスボーグとのちょっとしたR指定をはさんで程良い中だるみが続く。

第二部。25年後。板尾創路演じるすっかり悲哀をまとって疲れ切った大門の姿から始まる。
そこで謎の少女サイボーグ『AKIKO』の秘密が明らかに。
第一部での大門とザボーガーの秘密そのものの伏線はそこで回収される。
そして、板尾大門は再び起動。
様々な突っ込みどころを経て、残り数十分でとんでもない見せ場を演じてくれる。

予定調和とかご都合主義と揶揄されかねない結末ではあるが
25年、報われなかった大門を思うと、こういう結末で本当に良かったと思えてくるから不思議だ。

第一部と第二部ですっかりキャラが変わった新田警部を演じた渡辺裕之。
悪の宮博士をナチュラルな怪しさで演じ切った柄本明。
『蝉しぐれ』で少女時代のおふくを演じた佐津川愛美の実力は折り紙つき。
本業よりもゴシップの方で名前の聞かれる山崎真実の壊れっぷりが秀逸。

古原、板尾の大門豊もさることながら
これらのひと癖二癖もある俳優陣を活かして調理した井口昇監督の手腕はもっと評価されていい。

これはただの特撮オペラでも、B級コメディでもない。
そう思って劇場に足を運ぶと、歓迎される意味で足をすくわれるだろう。
笑いの中の社会の不条理、人との絆、人間愛、そして信じる事
忘れかけてた何かを思い出させてくれるきっかけに十分な作品だと言えるだろう。
まともにブログを書くのは久しぶりだなあ・・・。

今年は後厄。ちなみに0学占星術では『停止』
どのみち今年もあまり良い年にはならないだろう・・・。

去年の大厄では人間関係で散々な目に遭わされた。
健康を損なわなかったというのが救いと言えば救いか。

向こう2、3年は上向くと言う事を期待できないのだが
それならそれを逆手に取ってみる事にしよう。

とはとも読める。
人は変わりゆくものだ。
生きてる上では必ず誰もが歳を取る。それも変わるという事。
風呂に入らなければ臭くなるのは、人間の細胞が常に代謝を繰り返すから。
それだって変わるという事。

人間、不惑と呼ばれる歳まで生きていると、身体面での質の変化が起きるもの。
出来ていた事が困難になるとか、見えてたものがかすんでしまうとか。
しかし、経験だけは日々積んでいる。どんな人にもそれは言える。

季節は巡る。暑い日も寒い日も繰り返す。陽もまた昇り繰り返す。
いつまでも人生は夏のままでも冬のままでもない。
それならば、冬に例えられるこの厄の間、天中殺の間に、夏に備えて資産を作ろうと思う。

資産とは言っても別に経済的な意味ではない。
これまでの人生で得て来た経験や、知り合えた人。覚えた知識。
他人から見たら無駄な物でも必要ならば持っておき
他人から見たら有用なものでも必要ないと思うならば手放す。
得て来た資産を整理するのは今後自らを高める為に、必要な物を得るスペースを作る為に他ならない。

健康面や自分を高める為、友人を歓待する為の投資は惜しまないことにしよう。
僕は独身なので世間体はあまり良くないが、そんな些事には構っていられない。
縁事などきっと後から付いてくるものだ。

人生と言う名の旅を大いに楽しむ為に、まずは基礎というか元手を作る事にしよう。