とてもそれが苦手でした
学歴は普通
計算能力は低い
語学は悲しいほどに才能なし
顔と名前が覚えれない
言い間違え多数。。。
伝えたいことが溢れてくるから言葉を少しでも少なくするためにあまり使われにくい単語を使ったりはするけれどそれもいい言葉をみつけたときは使ってるけどすぐ忘れるし

賢いと言われても
嫌みにすら聞こえてしまう劣等感

悪意のないのはわかっていても
素直に受け取れない

一線引かれているような気になって
なんだか悲しい

怖がってるオーラも伝わってきてるし

もうかなり長いこと持ってる
コンプレックスだったのですが
それがなんか不意なタイミングで理解&解消できてしまいました

それはつい先日のこと
主人の歯が急に痛みだし、予約の電話をいれたところ、いつもなら受付の方が出るのにお出になったのは担当の女医さん
的確な判断力と確かな技術的、素早い施術と腕はめちゃくちゃいいのですが
ちょっと強引で口が悪い

でも美人さんで全部まとめて好き

先日の記載通り
歯が丈夫な私は本来歯医者にご縁がないのですが
主人の歯に口腔外科が必要といわれ
口腔外科をされているところ探しに先遣隊で訪れた10年程前1度にいったきり
変わった苗字なので記憶には残りやすいとは思うけれど私の下の名前まで覚えてた

なんで覚えてるの!?
という気持ちとともに
もう賢いとか通り越して
…気持ち悪い

愛を込めて気持ち悪い!

たぶん先生の中では主人の歯の背景に全部繋がっているんだろうな
頭の賢さ=脳の神経細胞(ニューロン)の連結ということからもそれは理解できる

そういえば学生時代、
プロセスはわからないけど答えがわかるとかっていうのは数学・物理にはあった
あの感覚は
今、精神世界のことをやっている中での脳の使い方ととても似ている
そこで最も必要なのは
受け取ったものをどれだけ信頼できるか
と
受けとるベース(身体や知識)をブラッシュアップしているか
これに尽きるのではないかと思う