EVO爺 -4ページ目
昨年は体も思いのほか動かせて、
記念ランチなどで東京に出たりしました。
しかし担当医師への不信感が積み重なり、
薬との付き合いのバランスが良くなかった。
よって、
「明日は目が覚めて起きられるかな?」
と言う不安で計画を立てる事に気後れし、
起きてからやる事を決めた。
しかし緩和外来への変更により、
体への調整が出来る様になった気がする。
よって今年は計画を立てて実践しました!
第1弾は昨年同様のランチパーティー。
今回は次男と継母を招待して、
帝国ホテルの「ラ ブラスリー」を予約。
昨年とは大きく異なった事が、
味覚障害により食欲が減退。
残念なぐらいにほとんど食べられない。
その分次男が頑張ってくれた。
(これが連れて来た理由でもある)
そして食後の体調異変。
気圧の前線の影響で咳と痰で苦しむ。
素敵なランチの後なのに、
とても情け無い姿で涙が出てきた。
そこで「素晴らしい人助け」を受けました。
余りにも通路でトイレを出たり入ったり、
そんな私に見兼ねた店の男性が、
「良かったら、どうぞ!」
と良く冷えたペットの水を持って来てくれ、
事なきを得ることが出来ました。
とても感動して思わずガルガンチュアに行き、
お菓子を購入してお礼に戻りました。
お店は「モラビト」で、
その方が行動した要因は、
ご本人が喘息の経験があったからとの事。
苦しさが理解出来たからの行動と言われました。
(思うだけでは出来ません。助かりました!)
今回も危機的な状況を味わってしまいましたが、
とても素敵な方に助けられて、
最高の記念日を過ごせました。
本当にありがとうございます、
大感謝大感激してます!
すでに呼吸が苦しく、杖が必需品となりました。
今までとは違う関わりが増えそうです。
ご迷惑をお掛けします!
緩和外来への移行により、
かなり薬の内容が変わり、
体への順応を心配する状況が続きました。
早1ヶ月が過ぎて、
先週の4日に内容の修正があり、
便秘や胸と腹部の不快感が多少は解消。
薬を体に入れるタイミングも分かってきて、
スッキリ出来る時間が増えました。
もちろん、完全に解消出来た訳ではなく、
軽度の味覚障害やムカつき感は残っていて、
食欲不振は相変わらず辛いです。
それでも3食の内で1食(特に夕食)は、
お粥(可愛い茶碗の1/4程)と味噌汁、
酢の物と梅干しと卵焼きや佃煮。
あとは缶詰の煮魚やブロッコリーなどと、
体内に押し込める様になりました。
お陰で便通も1日1回は来る様になり、
気持ちも楽になりました。
では、朝や昼の食事はと言うと、
R-1やヨーグルトとバナナ1本。
調子が良ければスティックパンを1本と、
牛乳や味噌汁なども取り入れます。
食べられないと言う当人の辛さもありますが、
健常者の天然の妻は準備が大変です。
食べたい物を聞いて作ってあげたいだろうが、
「もう食べられない」
と残してしまう事の繰り返し。
辛いだろうな〜?と思うけど、
それが現実です。
食事だけでなく、
日常生活の全てが拒否反応から始まり、
それを理解し受け止めて対応する。
介護は正に「献身」であると、
天然の妻を始め、
白馬の姉御や先輩夫妻(ワンチャンが障害)、
赤ちゃんを身ごもっている新婚夫妻。
みんな素晴らしい人達で、
尊敬と感謝の気持ちで一杯です!
(もちろん、私も頑張っているつもりです!)
たぶん薬のせいで頭が冴えているのかも。
まだ眠くなりません。
前線も移動してくれて、
かなり体が楽になってます。
時間が時間なのでギターは弾けません。
(そう言えば、また数週間は弾いてない!)
少しネットサーフィンでもして、
心地良い時間を過ごします。
癌の特性である「体調の波」も、
かなりの差がある事を認識出来たが、
せめてもう少し静かにしてくれると、
やりたい事が出来るのだが・・・。
残された時間を最大限に活用したいですね!
肺腺癌ステージ4
末期状態は変わりません。
咳をすると左胸の正面・側面に、
「ヂグッ!」
っと針を刺された様な激しい痛み。
水分補給をしっかり取ると、
止めどなく咳が出始め、
痰には黄土色のツブツブや血痰。
食欲も減退して痩せてきた。
辛いです。
でも波もあり調子が上向く時がある。
今日も友人2人がノンキに見舞いに来て、
「嫌なんですよね〜、寝込みを見るのが!」
ま、有難い否定的な励まし。
楽しい話しが盛り上がってくると、
元気がみなぎってくる。
「外見は全然普通なんですよね〜。」
やっぱり、コロッと逝っちゃうのかな〜?
会いたい人は 、
起きてるうちに遊びにおいで下さいね〜!

