ほとんどの人々は愛の問題を、愛する問題ではなく愛される問題だと考える。どうすれば愛されるのか、どうすれば魅力的になれるのか…権力を持ったり、着飾ったり…。
この本の元タイトルである『The Art of Loving』も、タイトルだけを見れば「愛される方法」や「愛される技術」がテーマだと予想しやすい。しかし、実際にはこの本は「愛の問題」とは「どうすれば愛されるか」ではなく、「どうすれば愛することができるのか」であるべきだという内容を含んでいる。
この本を読みながら印象的だった部分や共感した部分を中心に、自分なりの要約とコメントを残してみようと思う。

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著者によれば、人間は自然との根源的な一体感を失い、世界から分離された状態にある。その結果生じる不安から、再び世界と再結合しようという欲求を抱くようになる。

分離状態の克服の努力は、集団との一体感として現れることがある。自我を捨て、集団と自分を一致させ、孤独から救われるということだ。他人と異なる個性や思想、感情を捨てて群衆に属する。人と違うことへの不一致の恐怖は、人間が分離を恐れる心理をよく示している。同時に、そうした所属と服従の中でも、それぞれが自分の欲望に従っているという確信、つまり幻想を持つ。また、多数との意見の一致は自分の見解の正当性を証明することにもなる。

その一方で、残った個性への欲求が些細な表現の違いとして現れる。著者が挙げている例としては、ハンドバッグやセーターに刺繍されたイニシャルや名札などがある。私の場合だと、バッグにつけたキーホルダーやジーンズのフィット感の違いなどかな、と笑ってしまった。

いずれにしても、分離の恐怖から来る集団との意見の一致は、全体主義社会だけでなく、このような民主社会でも強く表れる。それは日本社会でもかなり顕著だと感じる。1年間日本で暮らしている間、「空気を読み、迷惑をかけず、目立たず、無難に馴染むこと」が日本の社会生活における少なからぬ課題だとよく感じた。特に、「違い」と「間違い」の境界が非常に曖昧だと感じることが多かった。個性が消え、同一性を追求すること…もちろん韓国でもよく見られる現象だ。

これに対して、成熟した愛は個性を維持した状態での一体感である。人間と一体感を得て分離感を克服しつつも、それぞれの特性を保つ。愛では、2つの存在が1つになりつつも2つのままであるというパラドックスが成り立つ。

愛は受動的な感情ではなく、能動的な感情である。落ちることや受け取ることではなく、参加することであり与えることだ。そして、与えることは犠牲や交換ではない。人間的な領域における与えることとは、自分の喜び、関心、理解、知識、ユーモア、悲しみのような、自分の中に生きている生命を与えることである。これにより他者に及ぼした影響は自分に返ってくる。愛によって愛を「引き起こす」のだ。教師は生徒から学び、俳優は観客からモチベーションを受け、精神分析家は患者から癒される。


親が子供を守り、洗ってあげたり、動物と散歩をしたり、食事をあげたり、花に水や光をあげるように、愛は対象の生命と成長に対する積極的な関心である。

愛の一要素である尊敬とは、対象をそのまま見て、その独特な個性を知る能力である。また、対象が自分に貢献するためではなく、その対象自身が自分の方法で成長し、発展することを願うことである。もし私が他人を愛しているならば、「ありのままのその人」と一体感を得るのであって、利用する対象として必要なその人と一体感を得るのではない。それは、私が他人を利用しなくても一人で立って歩ける時にのみ可能となる。私の独立と自由を基盤としてのみ成り立つものだ。


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ほとんどの人は、愛が愛する人の能力ではなく、対象によって成り立つと信じている。さらには、相手以外の誰も愛さないことが愛の強さを証明すると信じている。そのため、良い対象を見つけるだけが必要だと考える。本書ではこれを「絵を描くとき、描く技術を学ばず、良い対象さえ見つければ美しく描けると主張するのと同じだ」と表現している。

人間全般に対する愛は、特定な他人への愛の結果ではなく、それ以前の前提である。私自身の自己も、私の愛の対象でなければならない。ここで、自分自身を愛することができる人だけが他人を愛することができるという結論が導かれる。自分自身を愛するということは、自分の幸福、生命、成長、自由に対する肯定である。





最近忙しくてとりあえずここまで、、、

友達と「愛とは何か」についてよく話をする。憎しみは愛なのか、一時的な愛をどう考えるべきなのか、性愛とその他の愛にはどんな違いがあるのか、など…。その中で一度出てきた話が、「相手がよく眠れたらいいなと思うことが愛だ」という話だった。

韓国の歌手IUの『夜の手紙』という曲には、こんな歌詞がある。
「この夜、あの日のホタルを、あなたの窓の近くに送ります。愛しているという意味です。」

『愛するということ』で語られる、「愛とは、対象の生命と成長に対する積極的な関心である」という話と同じことを言っているのだと感じた。いくら花を愛していると言っても、その花に水をあげることを忘れてしまうなら、それを愛しているとは言い難いだろう。

私がホタルを送ってあなたの窓を守って、この夜、あなたが本当に良い眠りにつけたらいいなと思う。愛を本当にうまく表現した歌詞だと思った。