みなさん、こんにちは
昨日、公開した
「あの理論この理論何でもかんでも検証しようTV」の
「Evolution」理論のシュミレーション。
ご覧いただけただろうか。
あれは、パンピたちが思い思いに動き、考え、
たどり着いた結論ではあるが、
今日は、黒くんといっしょに、
哲学的な観点から、
進化論の矛盾点について考えてみよう。

↑黒くん(左)とパンピ(右) ちなみに黒くんは犬だよ
そもそも、生存に適したものだけが生き残り、
その遺伝子が代々受け継がれて、
今の世界が築かれた、っていう考えは、
疑問点が多い。
もし、そうだとしたら、
世界はゴキブリみたいな生物で
あふれかえっているはずである。
何でもエサにすることができ、
どんな劣悪な環境もいとわない生命力こそが
進化の行きつく先であるはずだからだ。
いや、その前段階である、アメーバで十分である。
自分だけで分裂し、繁殖することができるのに、
なぜ、男性・女性やオス・メスに分かれて、
伴侶を探さなければならないのか。
アメーバ→→→哺乳類というのは、
生存に適しない方向性である。
さらに、アメーバよりもはるかに前段階で、
原子、分子が集まって、生命体をつくる必要性はあるのか。
原子がくっついたり離れたりを繰り返しせばそれでいいのに、
なぜ、生命体になって、痛みや空腹を感じなければいけないのか。
進化という割には、無駄が多すぎるのだ。
では、痛みや空腹は、必要ないのか。
痛みや空腹を感じられるからこそ、優しい心は育まれるのである。
となると、原子→分子→鉱物→植物→動物→人間という流れは、
優しい心を求める流れなのではないか。
また、優しい心というのは、相手のことを気遣い、
大事に思うことである。
だから、誰かをもっと大事にしたい、
より親密で素晴らしい関係性を築きたいという流れの中で、
原子は分子を構成し、鉱物をつくり、
植物→動物→人間と発展してきたのではないか。
電子が一人でいてもむなしいので陽子の周りを回るようになり、
原子が集まって分子を形成した。
また、物質が他の物質の周りをぐるぐる回るだけの関係性を越えて、
生命体として、繁殖するようになった。
アメーバはひとりでに繁殖できたけれども、
それよりもオス・メスで愛し合う関係性を求めた。
そして、人間においては、ただ単に生物学的な関係性ではなく、
より真実な愛、
相手のことを大事に思う心を追及するようになっている。
つまり、
原子→→→人間という流れは、
より親密で質的な関係性を求める大きな意志の表れだといえる。
真実はいつも・・・・・・



・・・・・・ひ・み・つ


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