らしいです。


最近所属のボスにそう言われます。


何でですかね?


外見は、そう変化するもんでもないしな。


痩せたのは確かなんやけど。


最近、自分の行動を振り返る余裕は、


あっていいのかわからんけど、自分でその時間を作る努力はしてます。


常に誰かに見られている意識。


その誰かが異性であろうとなかろうと、


公人とはかなり言いすぎやけど、


その意識を少し持ち出したのは確かかもしれん。


仕事での自信も付いてきたのもあるかもしれん。


まだまだ未熟やと感じる事が多い日々の中で、


あっ、こんなこと出来るようになったとか、


あっ、こうすればいいんや、とか。


色々気づきが多くなった。


内面から湧き出す何かを持った人間でありたい。


その結果として「かっこいい」者でありたい。


そのためにも日々自分の中にある想いは大事にしたいもんです。



「知」とは何か?


少し考えてみた。


「知」の付く熟語は?


「知識」 「知恵」 「見地」 など色々あるんだろう。


僕は、これからの世の中では「知」が大事だと思います。


それは、今に始まったことではないと思うけど、


それに気づいているか、いないかという意味で。


まず、「知識」


世の中に情報が撹乱し、インターネットを開けば、


どんな事も可能になりつつあり、


日々進化していってます。


その情報についていくのかは勿論なんだけど、


その中から、何が重要で重要でないのかを選ぶ「知識」


ただ何かを知っているかが重要なのではなく、


自分にフィードバックしたり、あてはめる作業をする。


「知識」→「知恵」への転換とでも言えるかもしれません。


生きていく「知恵」はいつの時代も重要だけど、


世の中が完全にキャッチアップ段階を過ぎて、


さぁ、お好きにやりなさいという段階に世の中、日本はなりました。


だから、「知識」がなけければ、


何をしていいのか分からなくなる。


自分の「見地」がなければ生きていけない。


そして、「知己」も選ぶまではいかないにしても、


自分を本当に分かってくれる、助言してくれる「知己」を


どれだけ持っているのか。


僕は、たくさんの「知」を持っていきたい。


なんて、会社からの帰り道考えたりしました。



浪人して大学に入り、


1年生の時に、偶然ゼミの教授と出会った。


自分自身にとって、大学時代は、「ゼミ」としか言えない。


でも、それは他に何もやっていないという意味でなく、


深すぎる、濃すぎるゼミ生活だったという意味で。


私学の人数の多いゼミで、ここまで機能的に、組織的に、


ゼミを運営しているのは少ないんだろうとか、思う。


今自分が、会社という組織の入り、


ゼミ時代の組織の中で、自分の立場を考える教授の話(確かしていた気がする)を思い出す。


ゼミ生活に大金を使い、飲みまくり、宴会芸をすれば、ダメ出しをされる。


傍からみりゃ、何やってまんの?


かもしれませんが。


今も、宴会芸1つにしてもダメ出しはくらいます。


何故か?


宴会芸にもやる意図があるから、そしてやるからには完璧を目指す、という訳。


おかげで、人前で踊ったり、司会したりは、慣れっこです。


あっ、お勉強の話もしないと。


よくお勉強しました。高校生時代よりは。


D大学とのディベートは辛かった。


班長をして、班員の士気を揚げるのに苦労した。


一人でやった方が早いとか、勘違いした時期もあるし、


原付乗りながら、このまま滑ったら、1週間くらい入院して楽になれるとか


軽いノイローゼみたになった時もありましたね。


今社会人7ヶ月目になって、


今までの人生たかだか23年の経験が大きく左右してる。


自分自身にとっては、プラスに転じていると。


大学の勉強は、「学問」に過ぎない。


と、ずっと思っていたけど、そうだな。


ただ、学生時代に少しかじった、


人民元、中国経済、日本の金融システム、金融政策云々等々、


自分にとって興味のある世界に


いつか身を置いてみたいと思うな。


ただそのキャリアプランを達成するために、


今という時間を謙虚に充実させることに


ひた向きに頑張っていきたい。





どうも、こんばんは。


昨日の台風は凄かったです。


自然の脅威にはただひれ伏すのみです。




うさぎちゃんなんで、


同期や友人に連絡を取ることが多いです。


関西に居残った友人は楽しそうな休日や華の金曜日みたいです。


この考えは、捨てきったはず。


でもこの雑念は、時折出てきます。


そんな自分が腹立たしくなったりもするんで、


走ってやった。


何も考える時間を与えないとばかしに。


すると、スカッとするもんです。


明日は筋肉痛かな~笑なんて具合です。



さて、今週は4日間しっかり予定立てて頑張りますか。


とことん、分かり易い性格ですな。


政治もこんな具合に分かりやすければね笑


えっ、分かり易すぎますか!?。。。




忙しい毎日がよーやくひと段落。


でも、ひと段落ってどういう意味や?


とか、考える。


俺は、社会人一年生や。


ずーっと突っ走れる唯一の一年生やないかと。


日々に追われる、ってネガティブイメージやけど、


追われない毎日って自分のキャパ内で納まっているってこと、


って考えれたりするよね。


確かに、休日満喫は必要。


でも、今、がむしゃらにやらないといつやるの?って感じよね。


仕事は与えられる物があれば、


自分から作ることも、人から奪うこともできる訳ですよね。


そこまで、今のまだ会社に染まってないうちに色んな事を知ることって、


なかなかできんよね。


たくさん知って、会社に染まるんじゃなくて、


頭がクリアーな状態に今の会社について考えていく重要性を思います。



日本国民が日本について考えられない、考えようとしないのと同様


会社に属して、その会社について考えようとしないのはどーしたもんか、と思いません?



ただ楽しい。それは仕事ではない、と思います。


会社について考え、実行しようとする。


そして会社をよりよくする。


それが、私の使命だし、喜びを感じる時やし、


そのときが会社にはきたんやな~って思います。




つらつら書いてしまいました。反省。



私は、○売テレビの回し者ではありませんよ。


月火と研修がありました。


やっぱ同期っていいです。


自分のほうがよく仕事やっているという部分もあれば、


あっ、こんなやりかたもあるんやね~みたいな気づきも多かった。


仕事で研修に来れなかった同期がいます。


今、すごい連絡とりあってるんやけど、


ほんと尊敬するくらい仕事できる奴です。


早いうちに抜いてやろうと思います。


同じ苗字というのも何か、縁みたいな物を感じています。


以外と乙女ちっくですかね笑



諸先輩方は会社でお眠りになられました。


私は、これは絶対にしたくないと思ってるし、


何度かしてしまったことがあるけど、これからは絶対にしません。


さて、本読んで寝ます。



今度は考えまとめて書きます。


今日は、月火の不在時の仕事をさばくのに疲れてしまったので。




すんごい情緒不安定です。


自分で言うことではないと思うんやけど。


無性に辞めたい願望が出てきた。


仕事は色んな事任されて、自分で運営して、順調。


だけど、書けないけど、無性に感情の起伏が激しい。


1日経てばおさまるやろう。


まっ、こんな日もあるか笑




「ピンチの後にチャンスあり」でなく、


「ピンチの裏にチャンスあり」です。


ピンチを向かえるとは?


内部的な要因であれ、外部的な要因であれ、


チャンスである。


また、「他人のピンチの裏にチャンスあり」でもあります。


当たり前な話だけど、競争相手がいなくなるというより、


明日はわが身的な意味で。


会社自体であれ、個人でも。


ピンチは隠された、普段感じれていないものを感じさせてくれるものだと。


ピンチに遭遇しない会社も個人もない訳で、


勝ち続けることは理想としても、難しくて。


だから、ピンチを迎えないように最大の対策をしておかないといけないんだけど、


世間を賑わすM&Aも、株関連の話も、


ダメだと思うんではなくて、チャンスだと考えるしかない。


もう起こったんやから。


平凡な毎日、何も起こらない毎日よりも楽しくないですか?


楽しいってのは、語弊がある表現だけど。


内部からの変革が一番よい対策に違いない。


でも、それが出来ない体制もある。


そんな日本的な古い体制は一度外部的な要因で壊す必要があるかと思います。


そうやって、日本の産業は変化しているんだから。


でも、まずは内部からね。



とても大きな村があります。


昔は小さかったですが、様々な手を打って大きな村になりました。


村は大きくなったので、


農作物を作る人、機械を扱う人、村を整備する人、などなど


様々なグループに分けて分業体制をとりました。


分業化が進むと、専門化が進み、


村はもっともっと大きくなっていきました。


しかし、ある日事件が起こりました。


あるグループで事故があったのです。


大きな村でのルールはいつのまにか、


多くのほかの村とのルールと違ったものになっていました。


そして、大きくなりすぎた村の村長は、分業化の細部まで目をやることができなくなりました。


また、分業化によって、違うグループの人はひとごとのように思っています。


大きくなった村は、そとから見れば立派になったようで、


内部では様々な問題を抱えたことになってしまいました。



よくありがちな話です。


大きくなり、内部での問題を抱え、分業化により村全体を考える思考を忘れてしまいがちです。


さぁ、どうするべきですか?


そんな村に住みたいですか?


私は絶対に嫌です。


だから、変えていかないといけないんです。


ひとごと意識は、ただの転嫁に他なりません。




だからって今の自分には周りに投げかける何かがある訳では


ありませんから!!!


切腹!!


(古いネタでごめんなさい)





また、新しい1週間が始まりました。


世間では、王子製紙と三菱商事による、北越製紙の買収合戦に賑わう。


敵対的買収と大きな見出し。


「敵対」と見れば、誰もが不快な印象を持つだろう。


日本では起こらないといわれていた「敵対」買収が、大企業間で行われようとしてます。


日本もアメリカナイズされたね~なんて呑気なことは言ってられやせん。


今や商社なんぞ、投資会社化しておりますし、


グローバル化していく世の中、金利も平常に戻り、


日本企業は、グローバルという土俵の中へ再び戻ったんですよね。



そのことを忘れてはいけない。


ただ自分の会社を思うと体質が古いのでしょうか。


胡坐をかいているんでしょうか。


胡坐をかいているようには思えないけど、


もっと変えるとこ一杯あるはず。


まだまだ気いづけてな自分がいて、情けなくもあるんだけど、


何気なく上司から振られてくる仕事に対して、


自分なりの調査なり、見解を加えていく。


これこそが創造的なこと、やらなきゃいけいことはまさしくこれなんだよな。


1つそんなことができるようになって、


もっともっと日々の業務に対して、数値に対して、何故この数値なのか掘り下げていく


ことしなきゃって。


そこから、変化って始まるんでしょう。


いい仲間も、なんでも聞いてくれて、アドバイスしてくださる先輩、上司がいて。


きっといい方向に進むよって思う。


でなきゃ、面白くないでしょ。


働いている楽しみってそこじゃないのかな。


ただ、マスターベーションに終わらないように。