友人とランチを終えた後
お天気の中 どこか行くところはないかと
サーチをしてたら
歩いて行ける無料の博物館を発見。
これまで
春の恒例行事で大阪で有名な桜を🌸楽しむ
造幣局通り抜けには何度も足を運んで来ているが、
そして自宅から近い場所なので
造幣局の前を自転車🚲で通り過ぎる事は
普通にありすぎる状況なので 麻痺をしているというか
中に入れることなど考えたこともなかった。
ランチ後に友人に提案され初めて 意識を向けることになった。
工事見学もできるそうだが予約必要と知り
今回は予約無しで入れる博物館のみ 行くことにした。
日本の歴史を学ぶ機会となる。
小銭に対して
あまりにも当たり前のように 買い物を行う時のツールとして
使用していた自分に気がつく。
現在ではキャッシュレスが進み なかなかお金というものに触れる機会も
少なくなって来ている世の中。
改めて日本歴史だけでなく 芸術品として見る機会を得た。
造幣局の貨幣の歴史は、明治新政府によって近代貨幣制度の確立のため始まったらしく
この時に携わった人物の名前を見ると誰もが知っている
明治維新で名を連ねる方々、伊藤博文、大隈重信、スコットランド人のグラバー氏などのお顔が…。
混乱していた江戸時代、大判、小判の偽物も出回る時代となり、世界と比べるとあまりにと貨幣価値が低い国であった。よって大事業を着手して今に至る。
大判、小判にも名前がついていて 形も長方形型などもあり
使用されている金の分量が違っていたなど初めて知った事である。純度が高いものなどは89%近い小判。しかしながらその頃の貨幣価値がないので
随分外国に流れたようだ。😱えーだよね。
時代劇の越後屋みたいなところでやり取りされる場面しか見た事がなかった乏しい知識の私…。
薩摩藩(鹿児島県)出身の五代友厚 氏は
1868(慶応4)年、当時閉鎖状態にあった香港造幣局(イギリスが保有)の機械一式の購入に尽力し、また、造幣局建築の設計監督者ウォートルスの雇用に関わるなど、造幣局の創業に貢献した。
建設場所は江戸では無く大阪を選択し 水辺が多い大阪の現在の場所に
設置場所を決め
西洋建築の建物設立を開始した。 現在は大阪、埼玉、広島にもあるらしい。
しかし計画を進めるには
前途多難で
建築し始めた途中で火災にあう、その後再建するも
イギリスから資材を運搬するのだが 船に航海途中に沈没する。と
歴史を、読んでいるだけで
「心折れるでー。」の状況にも関わらず
井上馨氏が指揮をとり2年で建設完了したと知り「ウッソー マジっすか?」
この時代の人々の指揮力、精神力に頭が下がると感じた。
貨幣製造方法を知らない当時の日本は様々の 技術を授けてもらうために
スコットランド、ポルトガル、イギリスから
「お雇い外国人」として日本で働らく指導者を外国から数名を雇っていたらしいが、
手先が器用で賢い民族の日本人は、
教えてもらった事をベースとして
自国で運営が可能になる技術者や科学者、検査者などが生まれることになり
円、銭、厘と単位を決め流通させるようになった。
明治10年には20円コインがあったようだ。
創業当時の大時計 1876年に大野規周氏によって製作された大時計。今現在も時を刻んでいる事にその精巧さに驚きです。鐘の音を聴きました。
↓
貨幣製造に必要な天秤も製作された。
今回 感動したのは貨幣や記念硬貨、勲章、褒賞メダルなどのデザイン考案、その元となる原型(種印)の制作までを一貫している「貨幣デザイナー」や「彫刻師」と呼ばれる技術の素晴らしさです。
天眼鏡で拡大されたコインを見ることが出来るのですが、
美しい芸術品で その彫刻は 目が潰れそうな細かく繊細な仕事である。
彼らの高度な彫金技術が、貨幣の品質や偽造防止技術を支えているのですが、
改めてその素晴らしい仕事に対して 意識を持って小銭を見たことがなかったことに
「ごめんなさい🙇」と同時に「感動と感謝」を感じたものです。
そんな日本歴史に触れた日でしたが
昨夜 Netflix で話題に上がってる「イクサガミ」を視聴しながら
同時期設定のドラマだよね。
のリンクから ドラマ内容より私の思考は動きだしす。
ちょんまげの時代から 西洋文化を取り入れ改革を起こし
日本の国を大きく変えた明治時代。
この頃の国作りに携わった方々の原動力や精神力は
ほんとに凄いなと、そして彼らは霊界にいるよね。
彼らのスピリット達は
混沌とした現在の日本であることは霊界から
見て百も承知でいるはずである。
彼らは 霊界からどの政治家をサポートして 影響を与えているのだろうか?と
ミディアムの私のマインドに質問がが湧いたのでした。答えは得てないですが、、、。









