旅路の果てに(ヨーロッパ大陸 - 陸路横断の記録) -77ページ目

旅路の果てに(ヨーロッパ大陸 - 陸路横断の記録)

ポルトガル→トルコ 旅の記録です。

バンダ アチェへ。 そこは、2004年12月26日 スマトラ島沖地震により、甚大な被害を受けた場所であり、インドネシアからの独立を求めた独立派武装組織「自由アチェ運動」とインドネシア軍が激しい戦闘を交えた場所(2005年に自由アチェ運動とインドネシア政府との間で和平協定に調印している)

ジャカルタからの移動には、ライオンエアーを利用、機材も新しくて、3時間のフライトも快適




津波ミュージアム
津波ミュージアムの他にも、津波の記憶を風化させないため、街の中に多くの復興援助を受けて造られた建物があった。多くのインドネシア人が、見学に来ていたのが印象的だった。



津波で破壊され、辛うじて残った建物



再建されたモスク。中には多くの子供たちが集まっていた。



2004年の大津波の経験を踏まえ、津波発生時に、集落の住民が避難する目的で建てられた建物。
水の抵抗を受けづらい構造で、状況に応じて上に逃げられるようになっている。



住居の屋根に取り残された漁船。
安全対策をして、現在では下の建物の中を見学することが出来る。説明をして下さる人も常駐している。



とにかく濃い青空。
雲との競演が堪らなく綺麗だった。



現在では、平和な時間が流れている。



この日の宿泊は、復興支援ボランティアの人達が泊まっていた「グリーンパラダイス」。
清潔でとっても快適な場所だった。
バンダアチェの取材に来られていた某TV局のプロデュサーの方が隣の部屋に宿泊されていて、色々お話を聞くことが出来た。



宿で借りた原付に跨り、夕日が綺麗に見えそうな場所を探して、やっと見つかったこの場所。
地元の人達も夕暮れのひと時過ごす為来ていました。



真っ赤に染まる空。
まるで、オーロラの様だった。