子鉄は感動してたw
こんばんは(*^-^*) のあです。
今日は『すずめの戸締り』を観てきました。
ネタバレが好きではない方はご注意ください。

=あらすじ=
九州の静かな町で暮らす鈴芽(すずめ)は、廃墟を探す旅の青年 草太と出会う。
彼の後を追いかけた先の廃墟で見つけたのは、水が張った空間にポツンと置かれた扉。
その扉の向こう側はあの世とつながっている世界で、その向こう側へ入った鈴芽は
封印されている何かを解いてしまいます。
扉の向こう側からは災いが訪れてしまうため、草太は扉を閉めて鍵をかける“閉じ師”
として旅を続けているところへ謎の猫が現れ、草太は椅子の姿を変えられてしまいます。
逃げる猫を捕まえようと3本脚の椅子の姿で走り出した草太を鈴芽も慌てて追いかけます。
行く先々で扉が開き、災いを引き起こしかけるのを必死に封印する二人。
その途中で要石として封印されてしまった草太を助けるために、鈴芽は子供の頃に迷い込んだ
扉を探しに行きます。
=感想と評価=
感想は、映像は綺麗だったなぁ。の、一言です。
テンポもよかったし、話の大筋は面白いと思います。
ですが、なんかいろいろ調べていろいろ取り込んでいる整合性が取れなくて
ツッコミどころが満載になったと・・・・違和感だらけ。
①天岩戸の神話から戸締りの生業へ話を広げたのはいいのですが、そこから
実際の震災へ話を繋げようとするところに無理があった気がします。
神話を題材にファンタジー路線で行くなら、前世からの因縁・・・
あ、前に取り扱っているからできないのか・・・と中途半端になり。
何の因果もない二人が、すれ違った時にどこかで逢ったことがあるような・・・
と主人公がつぶやいているにも関わらず、何の縁もなかった・・・・
②古事記題材なので天岩戸から祝詞を使うのはいいのだけど、
そこから掘り下げないから、神道の家のものとしてはとても違和感。
神道は祝詞を使うのは祝詞自体に力があるからなのに、その祝詞は薄っぺらく
封印には何の説明もない鍵を使う。
③生業にしている割には神官とかの家系でもなさそう。。。。
生業として成り立たないから、将来は学校の先生?その為の試験には出れなくて?
④最初に封印を解いてしまう主人公にも違和感。
小さいときに迷い込んだ時に封印を解いた因縁ならわかるけど、大きくなって偶然すれ違った
青年を追いかけて迷い込んだ先でテンポだけで封印を解いてしまうお粗末さにはなんとも
言えなかった。
⑤要石だった猫が神様?猫なのか大神(ダイジン)なのか?基本的に封印に使われる
のは神の使いだったりするのに、神様扱い?にとても違和感。
西と東の対になっているにも関わらず、対になっておらず、封印されているところがもう少し本当に対になっていそうな
出雲と伊勢だったり、関東なら鹿島だったりならもう少し引き込まれたけど、うすーく題材を扱うからほんと違和感。
長い間封印の要にされていた要石がようやく解き放たれて鈴芽になつくのはわかるけど、
それに対しての鈴芽の態度が最悪。いくら好きになった草太の為とは言え、もう少し何とかならなかったのか。
⑥地震の起こるメカニズムとして、昔は地面の下に大きなミミズが起こしていると言い伝えを題材にしていたのは
理解できたのですが、その災いを起こす扉がある先をまぁ最初は高千穂地方なのはわかるけど、次に愛媛?なぜ?
次に淡路を通り神戸、東京、そして宮城・・・・となった時に、大震災として記憶にあるのは確かに阪神淡路、
関東大震災、東日本大震災、そして南海大地震なんだと思うけど、愛媛?
北海道や、中部でも震災はあるのだけど・・・・・無理やり結び付けたくて扱った題材に・・・ちょっとなんか
もう少し、本当に被災された方の気持ち汲んでた?大丈夫?というところが違和感。
確かに10数年過ぎて景色は変わる・・・でもね、被災された方の記憶は変化した景色ではないんですよ。
⑦後半の懐メロ・・・・なぜ懐メロ?最近の若者の中で懐メロが流行っている・・・というニュースは見たことあるけど、
選曲がねぇ。聞いている若者が20代前半。そして東日本大震災から10数年経った間を取り扱うなら無理に懐メロ扱うより
この10数年間の曲を扱った方が時の流れを感じることができたのだけど。おじいさんが体を乗っ取って聞いているとかの
裏設定でもあるかと思ったり、ユーミン流して高速走るならルージュの伝言じゃなくて中央ハイウェイ・・・東北に向かうから
無理か・・・とか突っ込んでました。
⑧おばさんとの関係。そして母親との関係。
最初、お母さん最後に出てくると思ったのだけど・・・え?ってなったんですよね。最後。え?そんなループ?
みたいな。 そして、おばさんとの関係。引き取ってくれて育ててくださって、理由はあれど、旅に出なくてはいけなかったにしては関係が薄く、放任主義・・・って。扉を扱って行ってきます、ただいま、お帰りを扱うにしてはなんかどうなの?
っていうシーンが続いて、そこに要石の扱い方でえ?ってなった。取り憑かれて口走った言葉とはいえ、なぜにあそこで
要石が出てきて取り憑く?そこに理由の説明もないのよ?
最後の20キロ、壊れた自転車で二人乗り・・・・ってとてもいいシーンなのかもしれないけど現実離れ・・・・
映像がリアルに描かれているのに設定がリアルとかけ離れていて話に没頭できなかった。
若い女の子が旅をするにあたって手助けをしてくれるというところに関しては「竜とそばかすの姫」よりは
皆、とても温かい手助けをしてくださるシーンでよかった思う。多分、あの映画の違和感を解消するように作られているのでは?と邪推してしまった。
と、今回は見た映画の中で一番違和感を感じすぎて突っ込まずにはいられなかった映画でした。
「竜とそばかすの姫」を観たときに、ネットワークではいっぱい手伝ってくれるのに、田舎から都会に出て探し出すまでに誰も手伝わないの?え?そんなのんびりでいいの?田舎の小娘が東京に出てすぐさま見つけられるものなの?私でも迷ったぞ?と
違和感を感じていたので、その点だけは人の温かさを感じられるところがあってよかったなと思いました。
「感動した。。。。」とつぶやく子鉄を前にして『あぁ、なんか素直に映画を観れないんだなぁ』と悲しくなってしまった。