コロナ感染から3日目

今日は熱は下がったが、

喉の痛みが増した。

最初は喉の乾燥が少し痛むかな?

の程度だったが

昨日の夜あたりから

喉の痛みが強くなり

痰も絡んで夜中には咳が出た。

今日の日中になると

喉の痛みが更に強くなった

唾を飲み込むと刺すように痛い。

コロナの喉の痛みは、

普通の風邪の痛みより強い気がする。


コロナになったお陰で

色々キャンセルしなくてはいけない事が

たくさんあった。


まずは、

コロナワクチン5回目の予約キャンセル。12月16日にやっと取った予約で

余程なことがない限りキャンセルしないでください。

と念を押されていたが

コロナになったと言ったら

あっさり、OK❗️

コロナ感染で免疫力多少ついたのか?

5回目は、とりあえず先延ばし


その後は、歯医者さんの予約キャンセル

膝のリハビリの予約キャンセル

着付けのお手伝いもキャンセル


主人はホテル住まいになり

昼間数時間帰ってくる時には

私は部屋に篭って直接会わないようにする


LINEや携帯で娘とかとは会話するので

1人でいる感覚はあまりないけど

全く、人と会わないで過ごすのは

変な感じ


ほぼ、テレビ📺がお相手の毎日になってしまった爆笑


時々、棚を片付けてみたり

こんな時に、終活の片付けでもすればいいんだろうけど。喉も痛み気になり

そこまでやる気は起きない。


幸い、症状は喉の痛みだけなので

ご飯は普通に食べられて

案外食欲もあって

家の中から全く出なくて運動不足?

コロナで痩せずに太る?


今日も保健所から、

病状を確認するショートメールが届き

保健所からも直接電話があって

また病状の確認があった

待機期間解除の前2日間は

解熱剤を飲まずに37.5度以下なら

待機期間の解除と言われた。


その後、病状が悪化した場合の連絡先

フローアップセンターの電話番号を

教えてもらう

明日は、そこからまた連絡があるらしい。


酸素濃度を測るパルスオキシメーターを

持っていたら、測っておいてください。

と言われた。


ちょうど、母の介護の時に買ったものが

あったので、測ってみる

濃度は98だったので

まずまずかニコニコ


待機期間3日経過。


コロナ感染は人ごとのように思っていたが

自分だけの療養だけでなく

家族にも迷惑をかけてしまってるえーん


そして、感染ルートも未だわからない。


今のところ、症状が悪化していなかったのは良かったが、、、


待機期間は、

相当、テレビ📺っ子になりそう!









乳がんの診断を受けてから早3年

あの頃のバタバタを思い出すと

今は、毎日が平穏に流れている。


ブログの記事も書くことが何となくなくなり、更新も疎かになっていた。


withコロナで適度に動いていて、

自分はコロナには罹らないのかな?

と思っていた矢先


昨日、

コロナと診断されてしまいましたゲッソリ


ということで、

今日は、コロナ診断の経緯を

書いてみることに


症状

21日.月曜日頃から、

喉がやけに乾燥していて、

その日の夜中は、

喉の乾燥で2回くらい水を飲む


火曜日になって、喉が少し痛くなって

日頃、喉が弱いので、風邪かな?

と思った。

このくらいの喉の痛みは、

自分の風邪野症状としてはよくあることなので、風邪ひいたかな?

というくらいだった。


ただ、今までこんな感じの喉の痛みは

ほぼ、自力で治ることはなく

お医者さんに薬は処方してもらわないと

治らなかったので、

明日休みだし、

お医者さんに行っておこう!

という感じでお医者さんへ行った。


その時点で、熱はなかったので、

発熱外来に行くことは思いつかなくて

普通にいつも行く内科へ行ったら


今は、喉の痛みが有れば

『発熱外来』を予約して来なければいけなかったらしい。

待ってもいいからと、受診することに。


待っている間に、熱を測ると37.8度‼️

熱あるじゃん⁉️


この時点で、コロナの疑い⁉️

と思えてきた。


感染ルールは何?

土曜日には料理教室に行って

日曜日は成人式着付け前撮りのお手伝い

どちらかなのかな?

と思うも、はっきりとは断定出来ない


いつもかかっているお医者さんだったので

乳がんもやってることだし、

検査しましょう‼️ということで、

鼻からの検査して、待つこと15分


残念だけど、コロナだね。

と先生に言われて、

ガーン‼️

まさか、コロナに感染するなんて!


今は、待機期間は7日間なので、

来週火曜日までは、自宅療養


痛み止めのロキソニンやら、

抗生物質やら(コロナに効くわけではないが、他の炎症を止める?)数種類の薬を処方してもらったが、

診察は費用がかかったが

薬代は無料‼️

だったので、びっくり‼️

コロナって、薬代はタダ⁉️なの⁉️



判定されて、

さて、どんな動きをしようか?

と考える


主人は3日前から泊まりで外出してたので

濃厚接触者にはならないのが幸いだったが

帰ってきたら、家でどんな風に暮らそうか?と思案ショボーン


結局、今日帰る予定だった主人は、

帰ったら直ぐに

ホテルに移動して、また数日泊まってもらうことに。


母が亡くなって2人になったとは言え、

家の中で、別々に感染対策して暮らすのは

めちゃ、大変❗️


ホテル暮らしも大変だけど

主人がまた感染してしまうのは

もっと大変なので、安全策を取ることに


幸い今のところ、熱も36度台になり

喉の痛みと時々咳がある程度なので軽症の部類なのか?


癌をやると重症化のリスクあり

と言われてしまうので、

熱がまた上がらないことを祈る悲しい


コロナ判定後、お医者さんから、

コロナの症状について、電話が行くかもしれないと言われていたが、

今日になって

電話ではなく、ショートメール

『新型コロナ健康状態入力ファーム』

なるものが保健所から送られてきて入力。


ひとまず、コロナ待機期間1日目は

無事終了ニコニコ













私が乳がんを告知された時から、

乳がんサバイバーとして

ずっと相談に乗って助けてもらった友


何度も励まされ、

手術の主治医が突然変わって、

どうしたらいいの?

と迷った時にも、

適切なアドバイスをしてくれた友


大切な友達が、

昨日、癌で亡くなったえーんえーん


乳がんのサバイバーだった彼女が

患ったのは、乳がんではなく

食道上皮扁平癌だった。びっくり


今年、1月に体調を崩し、

原因がなかなかわからなく 

わかった時には

既に、ステージ4

それでも、抗がん剤、免疫療法と頑張ってきた。

だだ、このコロナ禍の中、 

彼女との会話は、LINEの中でだけショボーン


会って励ますことも出来なくて

もどかしさを感じつつ。

頻繁なLINEも負担がかかるのか?

迷いつつ。


そろそろ、LINEしてみようかと思った

矢先の訃報。


娘さんから、彼女のLINEに訃報が送られてきた時には、


えーまさかびっくりマーク

こんなに早く逝ってしまなんて

こんなことなら

もっと早くLINEすれば良かったショボーンショボーン



あんなにお世話になったのに

何にも出来なかったことが

ただだた悲しかったアセアセ


今日、弔問にお家を訪ねると

娘さんが、

亡くなる3日前に、

家に帰ることが出来て


本人も、


家に帰れるなんて

何て幸せ❗️


と言っていたことを聞き、


最後は、家族に看取られて

本当に良かった❣️


人生の最後は誰にも決められない。 


家族に看取られて亡くなることが

出来る人がどれほどいるのか?


それでも、家族に看取られて

天国に行けるのであれば、

本人はもちろん

家族も救われることなんだと


改めて思った。


母の最後は、

ほとんど会話できなかったが

幸せ❗️と思ってくれただろうか?


そう思ってくれたと

自分に言い聞かせてみた。



大切な友の冥福を心から祈って‼️


彼女の分まで、元気に生きようと思う。






先週、金曜日、

3ヶ月毎のお薬外来に行ってきました。


いつものように、

先生から

何か変わったことありますか?


い言われて、


特にありません!


と答える。


副作用的なものは、ほぼない。


強いて言えば、

飲んで、1〜2時間後に、

少し頭痛がある程度かな?


お薬外来の時に、処方される薬は

3ヶ月毎に、90錠。


1年毎の定期検査と

主治医の先生の診察が終わると

その後、1年間の予約を一気に取る


お薬は3ヶ月毎に予約で

お薬の数も案外ピッタリ

飲み忘れて保管している分が

10個くらいあって、

今のところ、余裕はその数のみ


こんなにコロナが蔓延していると

万が一、コロナにかかって、

予約の日に行かれないと

お薬が足りなくなってしまうゲッソリ


お薬を数日間飲まないと

どんなことになるのか?

癌再発予防で飲んでるんだから

再発リスク高まる?


ちょっと想像すると怖いガーン


今回、無事にお薬もらえたので、

一安心ニコニコ


それにしても

自分の乳癌手術後に

始まったコロナ禍


いつ、収束するのでしょうか?




とってもご無沙汰です。

しばらく、ブログを更新する気力を失せてましたてへぺろ


母の初盆を明日に控えて

提灯やら、お供物やら、飾ってます


馬を見立てたきゅうりに🥒足をつけ

牛に見立てたナス🍆に足をつけ、

飾ってみました。


今までは、お盆の準備は母がやっていたので、私は何となく、ぼんやりとは覚えていたのですが

いざ、1人になると、あれもこれもと

やることが多いこということにも

気づいて、

そんな時に、母はいないんだなと

実感します。


このところ、母のいない生活にだんだん慣れてきて、

主人との2人の生活に馴染んできました。


2人とも、好き好きにやりたいことを

やりたいように、やるようにしてます。


本当に、いつ何時

どんなことが起きるかわからないのでびっくり


昨日は、4回目のコロナワクチン接種

今までも、特に副作用は無かったが、

今回は、注射の後も

ちょこっと赤くなった程度で、

腕が腫れることもなく

熱も出なかったので、

一安心ニコニコ



4回目のワクチンも済んだので

コロナ感染者増加ではあるが、

withコロナで凌いでいこうと

思います。







今日は、3ヶ月毎のお薬外来の日


2月の術後2年検診以来の病院で

あの時には、母の介護があったので

看護師さんとヘルパーさんに見てもらって半日の検査を乗り切ったことを思いだす。


母が亡くなって、初めの1ヶ月は

色んな手続きでバタバタしていたが、

18日に納骨も済ませて

やっと落ち着いてきた。


母の見取りの瞬間が目に焼き付いて

なかなか抜けきれていなかったが

それも少しずつ和らいできて、

最近では少しずつ母のいない生活にも

慣れてきた。


今日のお薬外来も余裕を持って病院に行ったが、病院に着いて受付を済ませると

直ぐに呼ばれたので、びっくり‼️

母が通っていた大学病院に比べると

受診かなりスムーズなので

助かる。



先生から

特に何かないですか?

お薬は飲めてますか?


と聞かれたので、


これまでに、

7〜8回くらい飲み忘れてます


と言う。


それなら、優秀ですよ❗️

何十回も忘れてる人もいますから。


と言われて、

えーそうなのびっくり


自分では、一日忘れてしまったら

あれーゲッソリ忘れちゃった‼️

と思ってしまっていたが、、、、

そのくらいなら、良かったニコニコんだなニコニコ


お薬外来も無事済んで

自分が術後、順調にいってることに

感謝!感謝!


でも、これから先の人生

どんなことが

あるか分からないので

やりたい事をやるようにしよう照れ照れ


と思う今日この頃キラキラ









3月1日に母が亡くなって1ヶ月が経った

亡くなった後、

やらなくてはならない手続きが

たくさんあって、忙しい日々だったショボーン


母の亡くなった日のことを

書いておこうと思っても

その日の事が重くて

なかなか書く気になれなかった。


人の死を看取るということは

想像以上に大変な出来事だったショボーンショボーン


母が亡くなった数日前から

母は、夜中、手を動かしたり、

うめき声をあげたりして、

1時間くらいおきに起きるので

落ち着かない状態だった


その日も夜中の12時過ぎ位から

手を挙げて、アーアーとうめき声を

あげていた。

ジブレキサザデイスと言う落ち着かせる

薬を飲ませたが

なかなか落ち着かず、

やっと寝たのは4時過ぎ


連日、母が夜中に起きるので

私は睡眠不足でかなりきつい状態だった


朝起きると口元にヘルペスが出来ていた泣き笑い

私の免疫力もかなり低下してしまったみたいだったゲッソリ

とりあえず、朝一で皮膚科に行って

飲み薬をもらってくる。



母は酸素が低下していて、数日前から

手足にチアノーゼが出ている状態だったが

その日はチアノーゼも更にひどくなり

手先も足先も

氷の🧊ように冷たくなっていた。


数日前から体に明らかな黄疸が出てきて

おそらくもう数日しか持たないだろう

と訪問看護師さんからも言われていた

ので、何となく母の死が近づいている

気がしていた。


午前10時に

訪問診察の精神科の先生がみえた。

先生に

夜中にバタバタ手を動かしたりして

落ち着かないので、

私も眠れない

と話すと


先生から

『ジブレキサザデイスを寝る前に

2錠飲ませてください。』

と眠る薬を増やすように指示があった


母の様子を診て先生は

『だんだん、下り階段を降りてきた

段階になりましたね。

手足を動かしたりするのも

その兆候ですね。』と言われた。


 

昼ごろに、息子が様子を見に来た時に

母は息子のことがわかったようで

『頼むよ頼むよ』と言っていた。

この時は、母の意識はまだはっきりは

していたのだと思う。


4時に訪問看護師さんが来た時に

酸素の数値を測ったが、

酸素がうまく計測できなかった。


チアノーゼの状態から母の酸素はかなり低下していたと思うが

もう、その状態でも呼吸が苦しいことは

ないようだった。

血圧は100/62

そこまで低くはなっていなかった


訪問看護師さんからも

『黄疸が目にも出ているので

もう、近くなってると思います。

最後に看取ったら、

看護師さんの緊急連絡先に電話してください』と言われたので、

目にも黄疸?いよいよなのか

と緊張した



看護師さんが帰る時に

母に手を振ってバイバイパーパーと言うと

母も手を動かして、バイバイパーパーした



6時過ぎ頃から、

母は目が虚になり

手を動かして

落ち着かない状態になってきた。


大きな声で、『水!!』と叫んだので

お水をストローで飲ませた。


それから、母は昏睡状態になった。

それまでは、母の耳元で大きな声で呼ぶと反応していたが、

もう、母の名前を呼んでも

反応することは無かった


そして、8時頃から顎呼吸が始まった


死が近くなると、顎呼吸が始まる

と訪問看護師さんから伝えられては

いたものの、

母の様子を見て初めて

顎を上下に動かして呼吸する様子を見て

これが顎呼吸なんだと初めてわかった。



母の死が近づいてきたことを認識した

瞬間だった。


食事を早めに済ませて

母のベットの横に座って

母の手を取る。


娘に連絡して、娘にも来てもらう


母の介護が始まってから

母を自分の手で看取ってあげたい。

とは思ったものの


実際には、その瞬間に立ち会えるものなのか?

誰も見てないうちに亡くなってしまう人もいると聞いていたので

母が退院してから、その瞬間に立ち会うために、ほぼ家から出ていなかった。


顎呼吸が始まった母は

次第に大きな顎呼吸に変わって

少しずつ顎呼吸が小さくなり

午後10時22分に

静かに呼吸が止まった。

そしてその後直ぐに

頸動脈も鼓動しなくなり心臓も止まって

母は天国に旅立った。


母の最後を確認した後、直ぐに訪問看護師さんに電話する

訪問看護師さんから、在宅診察の病院の先生にも連絡してもらう。

すべて、事前につたえられていた

在宅介護での看取り

死後の段取りに従った。


在宅介護での最後の看取りは

あくまでも家族がする。

看護師さんも先生も

その瞬間に立ち会うわけではない悲しい


30分程して、看護師さんが

到着すると死亡の確認をして

エンゼルケアと言って、

母の体を綺麗にしていただいく

前もって、デイケアに行く時に

どの洋服が着たい?と母に聞いて

おいた服を着せてもらう。

今は好きな服を着せてあげてもいいそうだ


亡くなった後に、母の元には、

孫ひ孫がたくさん集まっていて

みんなで母の死化粧もしてあげた。


11時頃、病院の先生が到着して

死亡の確認をする。

希望の時間ありますか?

と言われたが、

そう言われても、、ガーン

咄嗟に出なかったので


先生が確認していただいた

時間にしていただいた。


3月1日 23時13分が

母の死亡時間となった。


最後の瞬間まで、母の手を取って

看取ったが

もっと何かできたのではないか?

母は満足してくれたのだろうか?

母の介護をしながら、

いつまで、この介護が続くのか?

と自問してしまったこともあった。


もっと優しい言葉を

かけられたのではないか?


母をこの手で看取っても

やり残してしまったことが

あるように思った。

完璧な介護なんて

ないんだろうが、、、


母が旅立った日は

とても長い1日でしたアセアセ


















昨日 母の葬儀が終わった


1月13日に退院して最後の在宅介護が

始まり亡くなるまで

母は色んな夢を見て、

時々私に夢の話をした


母がお花の夢を見たと私に話した。


コスモスが2つ咲いていて

もうすぐ、3つになるよ


と言った


自分は竹を抱えていて


その竹が


もうすぐ、1人になるよ


と言った


そういう内容の話だった。


その時、私は

そのコスモスは、きっと

父と42歳で亡くなった妹のことかな

と思った。


竹の言葉は母の死を暗示してたのか?


亡くなった今、母は

父と妹の元に

旅立ったんだと思う


葬儀は親族のみの家族葬だったが

7人のひ孫と5人の孫にも

囲まれて、

母は

きっと喜んでいただろう


棺には、溢れるばかりの花🌼🌸と 

みんなで折った折鶴で埋められた


最後に、

コスモス🌸🌸🌸が3輪

母の胸元に飾られた。


私の何気ない母の夢の話を聞いてくださった葬儀社の方が

特別に用意してくださったものだった


コスモスの季節ではなかったので

特別に探してくださったのだろう


胸がいっぱいになったあせるあせるあせる


母の葬儀は

心温まる心に残る式だったキラキラ








肝門部胆管癌の母


昨日、夜、母は永眠しました。


母の手を取り、母の最後を 

看取ることが出来て

今は、ほっとしてます


何度となく、危ない状態から復活した母

8ヶ月に渡る闘病生活が 

元気だった母には辛かったと思います


死に行く母に、何度も


頑張ったね。

もう、ゆっくり寝ていいよ


と話しかけました。


最後に手に取った母の冷たい手の感覚が

今でも残っていて

時々、介護がまだ終わってないような感覚になり

介護用ベットに寝ている母の遺体に

ついつい目をやってしまいます。


今は悲しみより

母を看取れたと言う安堵感と

身体中に抜けきれない疲れが

襲ってます。悲しい


また、落ち着いたら

母の最後の事

在宅介護で思ったこと

書いてみようと思います。飛び出すハート



肝門部胆管癌の母


血圧も下がりチアノーゼも現れていた母

昨日くらいから、また、血圧も100台に戻り、チアノーゼも引いてきた。


昨日は訪問看護師さんが

あんなに脈が弱かったのに

今は、ちゃんと脈が強くなっていると

びっくり‼️


母はもともと丈夫な上

胆管癌が見つかるまで、

スイミング🏊‍♀️に週1は通っていたので

基本、体力もあり、

心臓も強いのかもしれない。びっくり

それに今は胆管癌の症状は

血液検査の結果を見ても

ほぼ、停滞している

おそらく、胆管癌は進行していないのだろう


目まぐるしく変わる母の病状を

朝から晩まで

大丈夫?急変しない?

と1日中見ていて

夜も寝られない状態で

体力的にも精神的に疲れてきた。


訪問診察の先生からも

スッーと逝いってしまう人もいるので


あんまり見張っていなくても

大丈夫ですよ。


とも言われた。


最後が近づくと

チアノーゼが出るとか

尿量が少なくなるとか

血圧が下がるとか

色々な情報に惑わされて

過度に心配してしまっていたように思う


人の最後は

教科書通りばかりではない


もう、ゆったりと見守るようにしようと

思った悲しい


今日の母は

訪問入浴でさっぱりした後

また昏睡状態。

でも、時々起きて、

喉渇いた!

とお茶、ジュースを何口か飲んで、

また寝る。


酸素は低下気味だが、

苦しがることもない


また、どんな症状が現れるか分からないが

静かに見守るようにしよう。


鏡に映る自分の顔がやけに暗いので

笑顔を作ってみたおねがい