節電の関係で一週間遅れでの夏休み。
そして福島の実家に帰省。
うちの実家は原発から40㎞ぐらいで、非難勧告が出るでもなく、なんとも微妙な距離。
地震の直接な影響はそこまではひどくはなかったけど、やはり恐いのは放射能。
地震が起きて原発が爆発した直後は、距離的にもさすがに危ないってことで、東京にいる俺の家と姉貴の家に避難していた。
家族の人数が多いのと、兄貴夫婦の子供がまだ小さい為、避難所は厳しいからと悩んだ末の東京避難。
それで一週間ほど東京にいたけれど、この先の子供やお金、実家が自営業などの問題でいろいろと家族会議。
原発がいつになったら良くなるとか、いつになったら普通の生活が出来るとか誰にも何も分からない。
ずっと東京にいるわけにもいかず、いつかは帰らなければいけない…で結果福島に帰ることに。
最初のうちは水も電気もダメで、ガソリンや食料にも苦労したようだけど、今は大丈夫。
放射能も最初は帽子にメガネ、肌も極力出さないようにしてたけど、もう割と普通にしてる。
まぁそれぞれ家族ごとの自己判断によるかな…。
恐いのが原発がもっと悪化した際、なにやら被爆した時に飲むらしい薬が渡されていること…。
そして福島の実家に帰省。
うちの実家は原発から40㎞ぐらいで、非難勧告が出るでもなく、なんとも微妙な距離。
地震の直接な影響はそこまではひどくはなかったけど、やはり恐いのは放射能。
地震が起きて原発が爆発した直後は、距離的にもさすがに危ないってことで、東京にいる俺の家と姉貴の家に避難していた。
家族の人数が多いのと、兄貴夫婦の子供がまだ小さい為、避難所は厳しいからと悩んだ末の東京避難。
それで一週間ほど東京にいたけれど、この先の子供やお金、実家が自営業などの問題でいろいろと家族会議。
原発がいつになったら良くなるとか、いつになったら普通の生活が出来るとか誰にも何も分からない。
ずっと東京にいるわけにもいかず、いつかは帰らなければいけない…で結果福島に帰ることに。
最初のうちは水も電気もダメで、ガソリンや食料にも苦労したようだけど、今は大丈夫。
放射能も最初は帽子にメガネ、肌も極力出さないようにしてたけど、もう割と普通にしてる。
まぁそれぞれ家族ごとの自己判断によるかな…。
恐いのが原発がもっと悪化した際、なにやら被爆した時に飲むらしい薬が渡されていること…。






