「帰らぬ客と涙の送迎」
ある日の午後、職場にやってきたのは、とある取引先の男性・田中さん(50代・独身・妙に熱視線)。本来なら、打ち合わせが終わればすぐ帰るはずなのに、なぜか彼は帰らない。
「佐倉さん、いつもお世話になってます」
「はい、お世話になっております」
営業担当の佐倉(さくら)さんは、丁寧に対応しながら、内心(もう30分経ったけど……)と焦っていた。会話の流れも、とっくに打ち合わせの内容から逸れている。
「いやぁ、佐倉さんと話してると落ち着くなぁ」
「はぁ……そうですか」
(早く帰ってくれ)
佐倉さんの心の声もむなしく、田中さんは地蔵のごとく動かない。
そのうち、別の取引先の方が訪れ、応接スペースを使いたいという話になった。さすがに居座らせるわけにもいかない。
「田中さん、よろしければ、こちらの席へどうぞ」
佐倉さんは配慮して、少し奥まった席に案内した。すると田中さんは、そのままさらに2時間動かなかった。
「いやぁ、やっぱり落ち着くなぁ、この会社」
(いや、会社じゃなくて帰れよ)
さすがに業務に支障が出るので、ついに佐倉さんは最終手段に出た。
「田中さん、お時間大丈夫ですか? そろそろお送りしますね」
「えっ?」(なぜか嬉しそうな田中さん)
――こうして、佐倉さんの涙の送迎が始まった。タクシーの手配ではなく、まさかの彼女自身が車を出して送るという、職務を超えたホスピタリティ。
30分後、田中さんを無事に送り届けた佐倉さんは、静かに呟いた。
「……次、来たらどうしよう」
翌日――。
出勤すると、なぜか会社のロビーに田中さんがいた。
会社のドアを開けるより先に、佐倉さんのため息が今日も長く響いた。






