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うん、やっぱりキム・ヨナはいつ見ても格好いいなぁ…。
私は前から浅田真央よりキム・ヨナが好き。
芸術性に優れた演技、
いつも冷静沈着な姿、
とにかく全部かっこいい。
日本はフィギュアスケートの選手達に期待し過ぎだと思う。
特にマスゴミ共の行動には心底呆れる。
変にプレッシャーを与えるだけで、
選手達は演技に集中できなくなっている。
応援してるつもりなんだろうけど、こんなの応援じゃない。
ただの嫌がらせだ。
中には手のひらを返したかのように、
「恥さらしだ。」「税金の無駄遣いだ。」
などと文句を言う人もいるらしい。
実に馬鹿馬鹿しい。
こんな結果になったのも、
選手のメンタル面や会場の雰囲気ではなく、
関係ないところからかけられるプレッシャーの所為だ。
選手に謝れ、と言いたいところだ。
芸術やスポーツの世界に政治的な話を持ち込むのは間違いだ。
芸術にもスポーツにも国境は無い、自由な世界だと私は考えている。
そこに政治が絡むと、自由も輝きも失われる。
政治的な理由やイメージで評価が左右されるということは、
評価する側が作品や競技の内容を見ていないのと同じことである。
真剣に創作している人達、競技している人達に失礼だ。
最近世間では韓国も中国もあまり良いイメージが無いが、
私は韓国人も中国人も、別に嫌いではない。
嫌いなのは政治的な部分だけ。
根拠も無いのにイメージだけで批判するのは大変見苦しい。
私は前から浅田真央よりキム・ヨナが好き。
芸術性に優れた演技、
いつも冷静沈着な姿、
とにかく全部かっこいい。
日本はフィギュアスケートの選手達に期待し過ぎだと思う。
特にマスゴミ共の行動には心底呆れる。
変にプレッシャーを与えるだけで、
選手達は演技に集中できなくなっている。
応援してるつもりなんだろうけど、こんなの応援じゃない。
ただの嫌がらせだ。
中には手のひらを返したかのように、
「恥さらしだ。」「税金の無駄遣いだ。」
などと文句を言う人もいるらしい。
実に馬鹿馬鹿しい。
こんな結果になったのも、
選手のメンタル面や会場の雰囲気ではなく、
関係ないところからかけられるプレッシャーの所為だ。
選手に謝れ、と言いたいところだ。
芸術やスポーツの世界に政治的な話を持ち込むのは間違いだ。
芸術にもスポーツにも国境は無い、自由な世界だと私は考えている。
そこに政治が絡むと、自由も輝きも失われる。
政治的な理由やイメージで評価が左右されるということは、
評価する側が作品や競技の内容を見ていないのと同じことである。
真剣に創作している人達、競技している人達に失礼だ。
最近世間では韓国も中国もあまり良いイメージが無いが、
私は韓国人も中国人も、別に嫌いではない。
嫌いなのは政治的な部分だけ。
根拠も無いのにイメージだけで批判するのは大変見苦しい。
世間は雪で大騒ぎのようだが、
今日の我が家の外はこの通り。
今日の我が家の外はこの通り。
どう考えても「晴れ」なんです。
何なんでしょう、
この仲間外れ感は…。
それはさておき、
外に鳥がいたので撮影してきました。
スズメ
ヒヨドリ
メジロ
梅の花も咲き始めました。
海の向こう側は熊本県天草市です。
文句を言うのなら、作品と作者を切り離して考えるべきだ。
作品と作者は別の存在。
作品には作品としての評価を、
作者には作者としての評価を。
作者に対する批判に、
作品を巻き込むのは間違いだ。
今、メディアで佐村河内守氏の件が大きく報じられている。
随分前にテレビで彼を見た時、
「陰」「不気味さ」を感じた。
天才として周りから称賛されていたが、信用できなかった。
一番引っかかったのは、
彼が持つ障害や病気。
体調を崩すとすぐに床に伏していたと言われているが、
演奏会に招待された時や表彰の場には必ず姿を現していたし、
普通に元気そうだった。
彼の障害や病気が事実なら、
外出なんて簡単にできないし、
舞台やメディアの前に出れば、
スポットライトやカメラフラッシュで体調を崩すはず。
その辺が怪しいと思っていた。
彼は執着心が凄まじい。
恐らく、彼が欲してしたのは、
「名声」であろう。
あとは「金」だろうか。
自分は誰よりも優れている。
自分は天才だ。
世が称賛すべきは自分。
とにかく自分が誰よりも上に立つために嘘を吐いたのか。
著書の内容も、
障害のことも、
今までの経歴も、
今まで語られた苦悩も、
被災地の方々への思いも、
何もかも全て嘘だったのか。
彼は間違いなく詐欺師だ。
人を馬鹿にしすぎている。
愚かな人間の私欲のために利用された作品達が何より哀れだ。
作品達に罪は無い。
聴衆を裏切ったのは作品達ではなく佐村河内守という人間だ。
彼への批判に作品達を巻き込むのは大きな間違いであろう。
作品達を批判している人々はそれらを聴いていないのと同じ。
ブランドだけで音楽を選んで聴いているようなものだ。
作品は無限に生み出される。
作者の性格も様々、
聴衆の好みもバラバラだ。
だから、
「この作品が一番」
「この作曲家が一番」
というように評価を統一させることは不可能なのだ。
この先、佐村河内氏がどのようになるかなんて興味は無い。
しかし、人々を感動させた作品達を封印しないでほしい。
この事件が解決し、
作品達が再び世に出て、
多くの人々に感動を与えられる日が来ることを祈りたい。
(※私のFacebookから。)
作品と作者は別の存在。
作品には作品としての評価を、
作者には作者としての評価を。
作者に対する批判に、
作品を巻き込むのは間違いだ。
今、メディアで佐村河内守氏の件が大きく報じられている。
随分前にテレビで彼を見た時、
「陰」「不気味さ」を感じた。
天才として周りから称賛されていたが、信用できなかった。
一番引っかかったのは、
彼が持つ障害や病気。
体調を崩すとすぐに床に伏していたと言われているが、
演奏会に招待された時や表彰の場には必ず姿を現していたし、
普通に元気そうだった。
彼の障害や病気が事実なら、
外出なんて簡単にできないし、
舞台やメディアの前に出れば、
スポットライトやカメラフラッシュで体調を崩すはず。
その辺が怪しいと思っていた。
彼は執着心が凄まじい。
恐らく、彼が欲してしたのは、
「名声」であろう。
あとは「金」だろうか。
自分は誰よりも優れている。
自分は天才だ。
世が称賛すべきは自分。
とにかく自分が誰よりも上に立つために嘘を吐いたのか。
著書の内容も、
障害のことも、
今までの経歴も、
今まで語られた苦悩も、
被災地の方々への思いも、
何もかも全て嘘だったのか。
彼は間違いなく詐欺師だ。
人を馬鹿にしすぎている。
愚かな人間の私欲のために利用された作品達が何より哀れだ。
作品達に罪は無い。
聴衆を裏切ったのは作品達ではなく佐村河内守という人間だ。
彼への批判に作品達を巻き込むのは大きな間違いであろう。
作品達を批判している人々はそれらを聴いていないのと同じ。
ブランドだけで音楽を選んで聴いているようなものだ。
作品は無限に生み出される。
作者の性格も様々、
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だから、
「この作品が一番」
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というように評価を統一させることは不可能なのだ。
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しかし、人々を感動させた作品達を封印しないでほしい。
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皆さん、こんにちは。
翠影(すいえい)と申します。
このブログには、
Twitterでは書ききれない、
私の長ーい独り言を投稿します。
私のFacebookからコピーしたものが多くなるかもしれません。
本名がバレると困るので、
Facebookとは別にしています。
更新したらTwitterでお知らせします。
気が向いたら読んでみてくださいね。
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