自分の性格なのか癖なのか、すぐに新しいものが欲しくなる。
MacBookもほしい。
Beats Solo2 Wirelessもほしい。
Beats Pill+もほしい。
Apple Watchのバンドもほしい。
服もほしい。
トートバッグもほしい。
レイバンの眼鏡やサングラスもほしい。
欲を言えば車だってほしい。
そのために要るのは、金。金。金。
で、新しいものを手にしたら、今度はもっといいものが欲しくなる。
もっと別なものが欲しくなる。
これだけ物が溢れた時代で、物欲というものは永遠に尽きない。
高いものは、いい。
いいものは、いい。
この欲望の限界って、いったいどこなんだろう……と、ふと思う。
そんな時には、いま手にしているものを、自分はちゃんと愛せているか?
ちゃんと大切にできているか? と問いかける。
いまこの文章を書いている型落ちのMacBook Airだって、
もうすっかり傷だらけになったiPhoneだって、
未だに大した使い方をできていないiPadだって、
使おうと思えば、使いこなそうと思えば、まだまだその余地があるのに。
いま持っている服だって、アクセサリだって、バッグだって、
自分という人間を形どる大切な要素のひとつなはずなのに。
どうして、いつも、もっと新しいものを求めてしまうんだろう。
流行や周りやネットの提灯記事に流されているとしたら、これほどバカバカしいことはない。
これが物だったら、まだいいけれども、
たとえばもし、いまの恋人よりもっと綺麗な人が現れたとして、
じゃあいまの恋人を捨ててそっちを欲しがるのかって、
もちろんそんなわけはなくて。
その人と積み重ねた時間や、分かち合った感情や、
記憶とか、夢とか、そういうものにこそ価値があると思うから、
だから、その人よりもっと素敵な人がいい、なんてことにならない。
これ、物にも同じことが当てはまるんじゃないのかなあ。
自分自身、ちゃんと自分の持っているものに向き合えていない気がする。
すでにあるものを大切にできないと、新しいものも大切にできないと思う。
あれもこれもそれもどれも全部欲しい、欲しい、欲しい、って……
マテリアルビッチにならないように気をつけないとなあ。

