-学校-


「…ちっ…最悪だぜ…」

俺は、ツクモに殴られたところを優しく摩った。


「なんだよ?また幼稚園の妹にボコられたのかよ?」

「……キョウヘイ…」

坂本キョウヘイ。俺の友達だ。


「今日は何してどうボコられたわけ?」

「…ラジオ体操のカセットを間違って踏んづけちまって、そのままみぞおちを30発…」

俺は、まだ傷む腹を押さえて言う。

「うわあ…そりゃあキツイわな。なんたってお前の妹、最強だもんな。」

「…あぁ。なんたって、齢4歳にして、柔道の世界チャンピオンに匹敵する力…持ってるんだもんよ。」

「マジで!?剣道もそうじゃなかった!?」

「ああ…他にも、書道、そろばん、合気道、ムエタイ、モンゴル相撲、空手……あと、何だったっけなー…」

「やべーじゃんお前の妹!!なんだっけ?“ツツモ”だっけ?」

「ツクモだよ…」


俺は、溜息が出た。


こんな妹を持ってるから、俺は何をしても褒めてはもらえなかった。



*    *    *



俺が12歳のころだった。


「お母さあーん!僕、またテストで100点取ったんだぜー!」

俺が、お袋の元へ駆け寄った。だが、…


「そ…総理大臣、…郵政…民、営化、……」


「わ!すごーいツクモちゃん!また言葉覚えたねえ~」

「天才なんじゃない?ツクモちゃん!まだ0歳なのに!」

祖母とお袋に囲まれたツクモの笑った表情。…


そう…

俺は、お袋たちに“愛されなかった子”なのだ。


そらそうだ。

たかが小学6年生のテストで、誰でも100点を取れるようなテストで100点を取った俺なんかより…

0歳で、「郵政民営化」、「総理大臣」などの言葉を覚えたツクモのほうが、賢いもんな。



それ以来、俺は、お袋たちと必要以上の話をしていない。



*    *    *



「大変だなー、ケイスケも。俺もさあ、偉そうな姉貴が居るから、すっげー迷惑しててさ…」

「…え、お前、姉貴とか居たんだな。」

「おう。すっげー偉そうで、ムカつく女だぜ。…この高校の2年なんだけどな。」

「マジ?…見てみてーな」

「おいおいやめとけって!!姉貴、ケイスケみたいな奴タイプだから、絶対しつこいって。」

「…まあいいだろ?見るくらいだったら。」

「…まーな、いいぜ。」


俺は、2年生の校舎まで、キョウヘイの姉貴を見に行くことになった。





「……うわ、…」

俺は、絶句した。

キョウヘイの姉を初めてみた。そして、俺はその人を、この世で一番キレイだと思った。

この世の女性を全部見たわけではないが、それでも、そう言っても過言じゃねーってくらいキレイだった。


「お前の姉貴、キレイだな。」

「…そうか?俺から見たら性格悪ぃ女だけどな。」


キョウヘイはそう言いながら、他の2年生の女の先輩の尻とか胸とかをガン見していた。


すると、キョウヘイの姉はこちらに気づいたのか、こっちに近づいてきた。



「あれ?キョウヘイじゃない。…あ、カワイイ子がいる!」

キョウヘイの姉は、そう言って俺に指を差した。

「おい、人に指差すなっての。」

キョウヘイはそう言って指を叩いた。


「あ、ゴメン。…で、何の用?これから教室移動すんだけど。」

「えっと、俺今日お袋と喧嘩したじゃん?そんで、昼飯代もらってねーから…ちょうだい?」

「何言ってんのよ!お母さん怒らせるアンタが悪いんでしょ?」

そう言ってキョウヘイの姉は手を、シッシッと払った。


「そこを何とかあー!」

「そんなことより、キョウヘイ。そこのかわいい子、誰よ。」

「ん?…ああ、こいつは、幸原ケイスケ。ケイスケ、こいつが俺の姉の、アミ。」


「…ど、どうも。」

俺は、アミ先輩に礼をした。

「どーも、キョウヘイがいつもお世話になってます♪」

アミ先輩はそう言って微笑んだ。やっぱキレイだな…


「早くお母さんに謝んなさいよ?今日は昼飯食べずに反省してたらいいわ。」

そう言ったアミ先輩は、俺にまたニコリと微笑んで、教科書を持って教室を出た。


「…ちくしょー、あのクソアマ…」

キョウヘイは、悔しそうに言った。

「感じのいい人だったな。」

「だから、お前オカシイって!あの女はただのドS!」

「…そーか。」






突然だが、言う。



俺の妹は、世界中の人間の誰よりも完璧だ。




俺の人生は、そんな妹を授かってしまった12歳の頃から、すでに地獄と化していたのだった。








幸原ツクモ(4)

幼稚園の年中であり、多分この人類で最も頭がよく、強くて、宝くじで連続して3億当てるほどの幸運の持ち主だろう。


そんな妹の尻に敷かれた俺の一日が、今日も始まった。








ドタドタドタ……

廊下をダッシュで走る音が聞こえる。


俺の一日は、この、世界一不吉な音で始まるのだ。





「兄様あ!!!早く起きないと、学校に遅れてしまいますよ!!」

そう言ったツクモ…そう、俺の妹が、俺の布団を剥がした。

剥がされた布団は、そのまま壁にぶつかり、かけてあったポスターにあたり、ポスターがずり落ちた。


「……んだよ、…まだ5時半じゃねーか…俺の高校の始まる時間何時だと思ってんだよ…もーちょい寝かせ…」


“寝かせろ”と言い切る前に妹にみぞおちを一発キメられた。


「ぐはああ!!!」

そう悲鳴を上げた俺は腹を押さえたまま床に転げ落ちた。

「どうです兄様?痛みで目が覚めたでしょう?さっ!早く下にいらしてください。ラジオ体操ですよ!」

「…あ、ああ…目が覚めたよ…覚めすぎて逆に眠っちまいそーだ…」

俺は、腹を摩りながら立ち上がった。




俺の名前は幸原ケイスケ(16)

高校に入ったばかりの、ピカピカの1年生。

たぶん、この世で一番不幸な“お兄ちゃん”。


成績は普通、スポーツも普通、顔やスタイルも普通の、どこにでもいそうな普通の高校生…

なのだが!!!!!!!





「兄様。ラジオ体操のカセット、どこでしょうか?さっきから見当たらないのですが…」

ツクモが、棚をさぐる。


「あぁ?そのへんにあるんじゃねーの?つーか、その“兄様”っての、やめろ!なんか、こっぱずかしいんだよ!」


「…そうですか、それでは、“秋葉原”というところによくある、“萌え”という感情を狙ったような呼び方、“お兄ちゃん”と、カン高い声で呼ばせていただきますね。」

ツクモはそう言って冷蔵庫へ向かった。


「嫌な言い方してんじゃねーよ!」

俺は、そう言ってアクビをし、テレビをつけた。


『また、殺人事件がありました。場所は、桜森町、○○○区△△……』


「…また殺人かよ。最近多いよな…つーか桜森町って、このへんじゃねーか!」

俺はそう驚きながら言った。

「そうですね。まったく、人は怖いです。何故そんなふうに同じ仲間を殺したがるのでしょうね。」

ツクモは、そう言って冷蔵庫の低い位置にあった牛乳をコップに注ぎ、飲んだ。


「……おい、お前は本当に幼稚園児か?」

「は?そうですが…まあ、口調はあれでしょうが、一応4歳児です。」

「…そーかよ。」

俺はそう言ってまたアクビをした。





「ところで、ラジオ体操のカセットは、見つかりましたか?早く見つけないと、あと1時間21分49秒で朝食の時間です。」

「あ、…そーだな。…つか、よくねーか?ラジオ体操…どーせ幼稚園行ったら朝に体操すんだろ?」

「!!!!」


一瞬、やべえと思った。

ツクモが俺を睨んできた。


「お兄ちゃん、私が最も嫌うことはなんですか?」

「…えーと…、人を傷つけること、規律を乱すこと、ツクモの邪魔をすること…です。」

何で敬語になってんだ俺!!!…と思ったが、ツクモの目力がハンパねえから、しょうがない。


「そうです!お兄ちゃんは今は、私の邪魔をしました。なので、私は怒っております。それに、幼稚園の“どんぐり体操”は、私の筋肉を暖めることなど出来ません。」

「…はいはい、そうですか。それじゃあ、探しますよ…」

そのときだった。

俺が、一歩足を踏み出した瞬間、パキッという音がした。




「…あ。」

俺がおそるおそる足元を見ると、ラジオ体操のカセットテープらしきものが、真っ二つになっていた。


「……す、すんません…」

「お兄ちゃん…私がしたいこと、わかります?」


ツクモは、笑顔でそう言うと、手の間接を、ボキボキと鳴らしだした。




「すいませぇええぇええんんん!!!!!!」




俺の悲鳴が、近所中に響き渡った。