大分時間が経ってしまったけど
感想を書いておきます。
本も映画も見ずに臨んだ朗読劇。
ずっと静かな雰囲気で進んでいく。
水縞くんと、りえさんは、たった2度会っただけで、運命の糸に引き寄せられたかのような生活を始める。
モノレールの駅での出来事・・
水縞くんの日記で展開していく物語。
観ているこちらは、
これはもしや、悲しい思い出から始まっているのか?とドキドキする。
だから、日にちを重ねるに連れ、りえさんが確実に、その日までは生きているのだ、とホッとする。
日記が1年を過ぎたあたりから、やっと安心して
見ていける。
しかし、何と張り詰めた空間なのだろう?
それはまるで、北欧で森林浴をしているような
草木の香りが漂っているかのような
清らかな静かさがあるけれど、哀しみを感じる。
りえさんは不思議な人である。
その彼女を、たった一言で、北海道まで連れてきた水縞くんもまた、突き詰めて考えるような人間なのだ。
2人の間には純粋な気持ちだけがある。
思いやるからこそ、苦しい。
りえさんにとって、父親の死は
最後の肉親を失くした、という事だろう。
世界にたった一人きりになった孤独。
りえさんを包んでいた温かなもの、それがなくなり、いつも自分を見ていてくれた存在を失くして空っぽになった時、偶然、水縞くんに出会った。
偶然ではなく、必然だったのかもしれない。
水縞くんが、喫茶店の窓から向かいのビルの紙吹雪を見た時に、それは始まっていたのかな。
2人に共通していたのは、美しいもの、大切なものを愛する心。それは、ほんの小さな事から、ひとの生命の重みまで、様々なことがら。
思いやるから踏み込まない、繊細な気使い。
そこから丁寧な暮らしが始まっている。
その人を想い、入れるコーヒー、作るパン。
それが人々の心に沁みわたってゆく。
りえさんの作る料理にも水縞くんが作るパンにも、あたたかな気持ちが入っているのがよく解る。
月の月齢と共に書かれる日記。
絵本「月とマーニ」が導く2人の関係。
りえさんの身体の中心にあるお話。
絵本に嫉妬する水縞くん。
りえさんの眠っている間に絵本を盗み見る。
そして、りえさんとの距離を感じて苦悩する・・
何て純粋でストイックなんだろう〜
後から見た映画の批評欄に
「この時代に、こんなきれいごとがある訳ない」
というのを見たけど。
だからこそ、人々は憧れるのではないのか?
春琴抄のようだね・・
水縞くんは、りえさんのためにパンを焼く。
一生、そうしていきたいと願う。
周りの、他の人々にも、生きる支えになるようなパンを作りたいと。りえさんも同じく、生きる励ましになるような料理を作り、コーヒーを入れる。
その2人の間が、どんどん近くなり、
テーブルの距離になり
絵本の距離になり
横に立てるようになった。
お互いに必要となるだけでなく、自分も昇華して
初めて、月とマーニになれる。
2人の前に、月の道ができる。
最後は、2人の高揚した気持ちに共感して
涙と心からの拍手で、自分もまた清らかな水で洗われたような気がした。
コロナ禍の中、配信を見ている観客へ
吾郎さんと麦ちゃんからの拍手!!
丁寧な演出、丁寧な演技、丁寧な照明。
久しぶりの劇場で、それら全てに
感動し、感謝したのでした・・
朗読ならではの見せ方、聴かせ方と言うのか
三島有紀子監督の物づくり、やはり素晴らしいと
感心しました!!
何度も繰り返し見たいので、是非、ディスク化して欲しいです!
