皇統創始の秘められた歴史
現代の皇室は、紀元前660年に橿原宮で即位した神武天皇を初代とし、この神武天皇から現皇室に至る126代の「万世一系」を正当な歴史としてします。現在の日本国が公式に認めた歴史書「古事記」「日本書記」では、天照大御神(アマテラス)が神々の最高位に位置付けられ、併せて、現皇室の祖神(皇祖神)とされており、初代神武天皇は天照大御神の5代目の子孫(五世孫)とされています。今年の7月17日に改姓皇室典範が成立しましたが、その本質的な目的は、現皇室が成立した経緯に真実が秘められており、今回はこうした皇統創始の歴史を紐解きます。[data-toc]{background:#ffffffd9;border:1px solid var(--color-border-medium-emphasis,#08121a4d);border-radius:8px;display:flex;flex-direction:column;gap:8px;padding:12px 16px}[data-toc] h2,[data-toc] ol,[data-toc] p{margin:0}[data-toc] .toc-header{align-items:center;display:flex;font-weight:700;gap:12px}:is([data-toc] .toc-header) h2{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd);flex-shrink:0;font-size:.875em}[data-toc] .toc-empty-message{color:var(--color-text-low-emphasis,#08121a9c);font-weight:400}:is([data-toc] .toc-empty-message) p{font-size:.75em}[data-toc] ol{list-style:none;padding:0}:is([data-toc] ol) .last.collapse a{border:none}:is([data-toc] ol) a{border-bottom:1px solid 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封印された女性の霊力 勉強会のお知らせ 「地球のゆかりんさん」から目次を開く神話が伝える皇統創始のあらすじここで、神話が伝える皇統創始のあらすじを記載します。物語は、神々の最高位に位置付けられる天照大御神(アマテラス)が地上世界を統治しようとする「国譲り伝説」から始まります。地上世界は、神話では「葦原中国(あしはらのなかつくに)」と呼ばれており、現在の島根県出雲地方であったと考えられています。神話の中では、地上世界は国津神(くにつかみ)が統治しており、それに対して、天照大御神(アマテラス)が存在する天上世界は「高天原(たかまのはら)」と呼ばれており、こちらは天津神(あまつかみ)が統治しており、その代表的存在が天照大御神(アマテラス)でした。天照大御神(アマテラス)は、地上世界を統治する国津神の代表者であった大国主命(オオクニヌシ)に対して、地上世界の支配権を天津神に譲るように交渉し、紆余曲折の末、国譲りが実現します。この時、大国主命(オオクニヌシ)の息子である事代主神(コトシロヌシ)が身を隠し、同じく息子の建御名方神(タケミナカタ)が、国譲りに抵抗を試みるも敗退し、長野県諏訪へ逃避するエピソードが語られています。天照大御神(アマテラス)は、3代目(孫)に当たる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に「地上を治めよ」と命じて、地上世界へ向かわせますが、この物語が「天孫降臨伝説」になります。瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が向かった地上世界は、国譲り伝説の舞台である出雲地方ではなく、現在の九州宮崎県の高千穂であったと考えられています。続いて、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は、山や海などの自然全般を司る大山祇神(オオヤマツミノカミ)の娘とされる木花之佐久夜姫(コノハナノサクヤヒメ)と出会って結婚することになりますが、そこから生まれる子孫の4代目に当たるのが神武天皇になります。神武天皇は、即位する前は神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)という名前で、この神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)が九州を発し、瀬戸内海を超えて、現在の奈良県大和地方へ遠征する物語が「神武東征伝説」として語られます。神武天皇が奈良県大和地方へ攻め込んだ時、大和地方は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に先立って地上世界へ降り立っていた饒速日命(ニギハヤヒ)が統治していました。饒速日命(ニギハヤヒ)は、神武天皇こと神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の子孫であり、天津神の一族であることを知り、統治権を譲る意向を示しましたが、これを不服とする大和地方先住の首長であった長髄彦(ナガスネヒコ)が激しく抵抗します。この時、天上世界の高天原(たかまのはら)から天津神によって遣わされた霊鳥である八咫烏の加勢があり、神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)は大和地方を制圧し、同郷の橿原宮にて正式に神武天皇として即位しました。皇室には二つの皇統があったここまで、大雑把な解説ですが、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の子孫が代を重ねて、やがて、神倭伊波礼彦(カムヤマトイワレヒコ)が誕生し、神武天皇として即位するまでの物語を記載しました。この一方で、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)には、天火明命(ホノアカリ)という兄がおり、以下に示すように、天照大御神(アマテラス)顔負けの立派な正式名称を持っています。・天照国照彦火明命:日本書記の記載(あまてる くにてるひこ ほあかりのみこと)・天照国照彦天火明櫛玉饒速日命:先代旧事本紀の記載(あまてる くにてるひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひのみこと)このように、立派な名称を持つ天火明命(ホノアカリ)は、現在の日本国が公式に認めた歴史書「古事記」「日本書記」には詳しい説明はなく、功績についても記載がありませんが、古代日本の有力氏族である「尾張氏」「海部氏」の祖神とされています。氏族とは、一般解釈では、同じ血縁関係や共通の言語・伝承を持つ小規模集団のことであり、歴史的解釈では、大陸の遊牧騎馬民族に起源を持つことが多く、家族単位でシルクロードを往来しつつ、後に日本列島に定住した経緯を持つ部族集団として理解されています。こうした氏族の一つである「尾張氏」は、大和地方から東側に当たる岐阜県濃尾平野と愛知県の名古屋を勢力基盤として、天皇家に対して経済的、軍事的後方支援といった兵站を提供し、一方の「海部氏」は京都府北部の舞鶴を中心とした海人族由来の古代氏族で、天皇家に対して大陸との交易を仲介し、鉄鉱資源や最新の産業技術を提供しました。神武天皇が奈良県大和地方へ攻め込んだ時、大和地方を統治していた饒速日命(ニギハヤヒ)は、古代大和の有力氏族である物部氏の祖神とされており、物部氏の系譜を詳細に記載した「先代旧事本紀」では、天火明命(ホノアカリ)は饒速日命(ニギハヤヒ)と同一視されており、神武天皇が奈良県大和地方へ攻め込んだ時は、饒速日命(ニギハヤヒ)の子孫である宇摩志麻遅命(ウマシマジ)が神武天皇を迎え入れ、統治権を譲る意向を示したとされています。神話のストーリーだけでは判然としないところがありますが、ここまでのストーリーから、主流となる皇統が2系統、存在していることにお気付きでしょうか。一つには瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)から神武天皇に至る系統があり、一方では、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の兄である天火明命(ホノアカリ)=饒速日命(ニギハヤヒ)から宇摩志麻遅命(ウマシマジ)に至る系統です。前節で記載した天火明命(ホノアカリ)の別名「天照国照彦天火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)」には饒速日命(ニギハヤヒ)の文字があり、一説では、饒速日命(ニギハヤヒ)とは襲名の名称であり、歴代の饒速日命(ニギハヤヒ)が複数存在した可能性も指摘されます。いずれにしても、天火明命(ホノアカリ)=饒速日命(ニギハヤヒ)の系統も、相応の影響力を有した政治勢力であったと考えることができます。皇統を奪った存在達「古事記」や「日本書記」が伝える「国譲り伝説」は、出雲を統治していた大国主命(オオクニヌシ)も、大和を統治していた饒速日命(ニギハヤヒ)も、「譲る」というシチュエーションですが、双方とも抵抗した存在として、建御名方神(タケミナカタ)や長髄彦(ナガスネヒコ)が描かれており、物語は「譲る」としながらも、実際上は外来勢力が他国に攻め入るという侵略戦争を神話化したものであると理解することができます。「国譲り伝説」を侵略戦争にみたてる考察は、SNSやブログ等では百花繚乱に近い状況で、それぞれがドラマティックなストーリーを展開しており、そのどれを信じても良いと思いますが、一点、指摘しておきたいは、侵略する側は一枚岩ではなく、複数の政治勢力に分かれており、先住民は彼らの争いごとに巻き込まれて、無益な戦いに駆り出されて無駄に消耗されたのではないかと考えられるところです。神話のストーリーから言えることは、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)から神武天皇に至る系統が、一方の天火明命(ホノアカリ)=饒速日命(ニギハヤヒ)から宇摩志麻遅命(ウマシマジ)に至る系統を打ち負かしたとして受け取れますが、彼らは決して単独で戦った訳ではなかったと思われます。ここで、結論を言うと、皇統創始の主人公は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)や神武天皇ではなく、饒速日命(ニギハヤヒ)でもありませんが、このような存在を祖神とする古代氏族であり、皇位に就いた者は、氏族らの経済的・軍事的支援が無い限り、何の行動を起すことも出来ないのであり、古代社会においては「尾張氏」「海部氏」「物部氏」といった氏族らが世の中を動かしており、彼らが皇統創始の神話を生み出し、今日ある皇室の姿を決定付けているのではないかと考えることがきます。過去にも繰り返しましたが、「勝者が、歴史や神話を書き換える」のではありません。「勝者」とは闘技場で勝鬨を上げる剣闘士と同義であり、本当の支配者は情報に握り、それを操作できる存在となります。「弱肉強食」の世界は弱い者が強い者の餌食になりますが、その餌食に毒を盛られて消されるのは常に「強い者」であり、真実の「勝者」とは、餌食に味を付けて提供できる存在達となります。比喩として「餌食に味を付ける」と記載しましたが、これは、古代から中世にかけての化学技術であり哲学思想であった「錬金術」に例えたもので、一般に多く産出される鉛や銅などから金や銀といった貴金属を創出しようとする概念から出発し、そこから、青銅や真鍮と呼ばれる合金の技術が確立し、今日みられるアルミニウム合金やステンレス鋼に繋がります。同様に、食品の分野でも発酵による化学変化や薬草を用いた調味料の調合や嗜好品の開発も「錬金術」の概念が根底にあり、こうした知識を豊富に持ち合わせていた存在達は、直接的に繋がる者達同士で情報の共有が成され、そのような存在達が後の歴史で氏族集団を形成し、その一部が、今日の経済社会に見られる大企業や総合商社の創設に繋がっています。こうした「錬金術」的概念から生産された品々は、各方面で重宝され、高値で取り引きされたため、ここで得られた利益の分配等の采配を行うリーダー的存在が求められるようになります。やがて、采配を行う存在の正当性(なぜその人が命令できるのか)の根拠が必要になり、それが権力者を生み出し、その行き着く先が、皇室や天皇という存在になってゆきます。ここに、人間の現世的な思惑として生じる利害関係の一致が起きており、一方は競争が激しくなる氏族集団同士の争いの調停であり、他方は権力の保持と拡大を狙う皇室側の思惑でした。権力拡大という野心的思考が、当時の天皇個人の意図なのか、皇室内部の有力者の意志を反映したものなのか、詳細は分かりませんが、この段階において、皇室と氏族集団の血縁関係が深く進行しており、皇室単独の意志で物事を決定できる状態ではなかったと考えられます。今年の7月に改正された皇室典範では、旧皇族の男系男子を養子として迎える規定が盛り込まれました。情報は少ないものの、この点に興味をお持ちの方は、旧皇族と古代の氏族との関係性について、調べてみてください。穿った見方では、古代社会も現代社会も、皇室を巡る思惑は何も変わっていない可能性が考えられます。しかし、令和のタイミングで皇室典範の改正とは、「遅きに失する」という状況もあったかも知れません。いろいろな意味で皇室を取り巻く環境も変わり、この先の皇室が、以前と同様の機能を果たすかどうか、それが危うくなってきたため、関わる存在達が行動を起したという考え方もあります。封印された女性の霊力皇室に生まれ、天皇として即位する存在に対しては、権力維持に必要な帝王学は伝授されますが、「錬金術」的知識は、あくまでも、氏族らの秘伝であり、氏族らの利益が損なわれる事態が発生した場合、天皇の代替わりが発生し、状況によって、異なる血統の天皇を即位させることも出来たと思われます。そんな氏族らが最も恐れたのは、霊力でした。氏族らが秘伝とした「錬金術」的知識は、現実的な物理空間で起こし得る物理法則に則ったもので、そこから引き出すエネルギーの100パーセントを、ほぼ、使い切ることが出来たと考えられますが、霊力は物理法則が生み出すエネルギーを無力化することが可能であり、氏族らが描いた思惑の全てが掻き消されてしまうリスクがありました。現代文明は認めていませんが、おそらく、霊力に関する科学的見解を得るに至っており、霊力とは、固体・液体・気体・プラズマに続く物質の第5の状態である「情報」を創造する力であると考えられます。『情報の真実』2022年3月4日、英国ポーツマス大学(University of Portsmouth)で行われた研究により、素粒子は生物がDNAを持っているのと同じよう…ameblo.jp古代社会において、皇室では男性統治王が天皇として政治を司り、女性祭祀王が皇后の地位に立ちながら巫女としての祭祀を司り、女性祭祀王が霊的な感覚による助言を男性統治王に伝え、その「お告げ」が国家運営の方向性を決定付けていました。長く続いたとされる縄文時代は、このような天皇家による国家統治が行われたと考えられますが、女性祭祀王による霊的なお告げが国政を左右する現実において、女性の立場は相対的に強かったと考えられます。その「お告げ」が霊的な意志を反映していた時代までは良かったと考えられますが、時代が進むにつれて、女性祭祀王の人間的な主観が「お告げ」に加味されるようになり、その結果、国政の乱れが繰り返され、女性という存在自体が「人々を誘惑し、罪に陥れる存在」という印象操作が成された可能性が考えられます。女性を誘惑し、意図した「お告げ」を男性統治王に助言させることができれば、国家統治の方針も意図したように操作できるため、利益の分配において利害関係にある勢力同士は、女性祭祀王の心理操作を通して、対立する勢力組織を牽制し、必要であれば、女性祭祀王をして男性統治王を動かし、対立勢力の排除を画策したことも充分に考えられます。前段では、弱肉強食に例えましたが、強い力は常に弱い力を制すものの、平常時においては強い力は不要であり、故に毒を盛ってでも鎮静化させる必要がありました。つまり、平常時、強力な武器は鞘に収めて武器庫の収納されるのであり、これと同様なことが女性祭祀王に対して実行され、これが女性性の封印であり、女性の霊力を封じ込めて、必要な時、必要な方向へ霊力を発現させればよいとされました。これが、古代社会の歴史において、女性の社会的地位が下げられて不当に貶められるようになった理由であると考えられます。聖書において、蛇の誘惑にそそのかされて禁断の果実を食べてしまったイブの象徴は、このような経緯から生み出されたと考えられますが、この点は確証がありません。ここまで、皇統創始の秘められた歴史について、多分に可能性評価という観点からではありますが、解説を試みました。具体的な事例や史実に基づいた出来事など、断片情報が伝わっていますが、皇室に関わるところは非常にセンシティブであり、ここでの記載は控えます。この点につきましては、興味をお持ちの方は、今回のブログ記事に掲載したキーワードを用いて、インターネット等を検索してみてください。どうぞ、ご自身が納得できる考察に組み立てて頂ければ幸いと思わせていただきます。勉強会のお知らせここで、勉強会開催のご案内をさせて頂きます。今回、皇統創始の秘められた歴史を扱いましたが、ブログ記事では記載できない内容も含めた情報を共有する勉強会を開催いたします。テーマは「皇室の基礎」と題して、主催は、お馴染みとなりました「地球のゆかりん」さんです。日程:12月6日時間:11時~15時場所:神奈川県横浜市内(妙蓮寺付近)『【参加者募集】12月6日(日)モーリー塾開催します』地球のゆかりんです。長雨の中、気がつけば蝉の声が遠くなり、秋の足音が聞こえてきました。みなさま、ご無沙汰しております。お元氣でしょうか(^^)久しぶりで、今年…ameblo.jp「地球のゆかりんさん」から改めてお伝えしたいのは、特定な企業や氏族、歴史の中で起きた事を、二元性でとらえる為の時間ではないということです。感じたこと思ったことを奇譚なく伝え共有する場ですはじめましても今回だけも大歓迎アーカイブでも参加出来ます。お申込みはこちらまで↓mailto:yvka10241229@gmail.com