共時律の学び
[data-toc]{background:#ffffffd9;border:1px solid var(--color-border-medium-emphasis,#08121a4d);border-radius:8px;display:flex;flex-direction:column;gap:8px;padding:12px 16px}[data-toc] h2,[data-toc] ol,[data-toc] p{margin:0}[data-toc] .toc-header{align-items:center;display:flex;font-weight:700;gap:12px}:is([data-toc] .toc-header) h2{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd);font-size:.875em}[data-toc] .toc-empty-message{color:var(--color-text-low-emphasis,#08121a9c);font-weight:400}:is([data-toc] .toc-empty-message) p{font-size:.75em}[data-toc] ol{list-style:none;padding:0}:is([data-toc] ol) .last.collapse a{border:none}:is([data-toc] ol) a{border-bottom:1px solid var(--color-surface-tertiary,#08121a14);display:block;font-size:.75em;padding:6px 0;-webkit-text-decoration:none;text-decoration:none}[data-toc] .h4,[data-toc] a{color:var(--color-text-medium-emphasis,#08121abd)}[data-toc] .h2{font-weight:700}[data-toc] .h3{font-weight:400;margin-left:8px}[data-toc] 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個人が持つ固有の共時律目次を開く今回の記事では、共時律について扱います。共時律とは、「ある特定の時点において、複数の物事や現象が同時に発生している、または、進行している」ことを意味します。この件については、スイスの著名な心理学者であるユングが提唱した概念(シンクロニシティ)がよく知られており、因果関係がないにもかかわらず、心に抱いたイメージと外の世界の出来事が偶然とは思えない形で一致する現象として説明されることがあります。多くの場合、私たちは、今、起きている出来事が原因となって未来の出来事が発生するという因果関係で物事の発生順序を理解しています。しかし、実際にはそうではない可能性が指摘されています。最新の量子物理学の研究では「不確定因果順序」と呼ばれる概念が提唱されており、発生する出来事の因果順序は固定化されておらず、観測によって因果関係が確定するまでは、何が「過去の出来事」なのか、何が「未来の出来事」なのか、はっきりしないと考えられています。量子物理学では、物質を構成する最小単位は「粒子の状態」と「波の状態」という両方の性質を併せ持つ「粒子と波の二重性」が定説として考えられています。全ての出来事は、私たちの体験によって認識されるのであり、その中で、あらゆる物質は「粒子の状態」として姿や形や色彩が確定します。しかし、私たちの体験が無い場合、あらゆる物質は「波の状態」であり、私たちの知らないところでは、一切の出来事は起きていないことになります。つまり、事前の出来事は何も発生していない状態で、因果関係では説明できない出来事が次から次へと発生するのが、 私たちの現実空間の本質であると考えられています。 その出来事の発生要因が、共時律ということになります。ある所で、あるタイミングに、ある夫婦の間で子どもが誕生したとしましょう。すると、同じ時期に、その夫婦の身内に婚約が決まった人がいたりします。或いは、その夫婦と仲が良いメンバー間で祝福すべき出来事が連鎖的に起きていたります。出来事が起きる前の現実空間は「波の状態」であり、地球であれば、月の満ち欠けや太陽による分点至点(春分・秋分・夏至・冬至)が放つ波があり、そこへ、人間の出生日から換算されたバイオリズムによる数々の波が重なり合っています。そこへ、「祝福」という思いに至った一個人に「祝福」に値する出来事が発生し、その一個人と共鳴する意識の持ち主は、地理的な距離感に関係なく、「祝福」に相応する出来事が連鎖的に発生すると理解すればよいでしょう。「知らぬが仏」とは、背後に起きている出来事に気が付かないでのんびりしている状況を表す言葉ですが、逆説的に捉えると、出来事が何も起きていないので「知らない」状態になっているわけです。例えば、脅威が迫っており、第三者がそれに気がついていても、その出来事が脅威なのか否かは、本人が体験して過去の出来事として記録されるまで確定しないということになります。私たちの日常は、どんなに事前の備えを万全に整えても、結局のところ、出たとこ勝負、後出しジャンケンで、どこまで巻き返すがすべてを決するということになりましょう。共時律で動く日常例えば、日頃から使っている道具が壊れたとしましょう。対象の道具は、頻繁に使うもので、入手してから年数も過ぎているとすれば、通常は古くなったから壊れたと考えるでしょう。「古くなる」という過去の出来事に対して、「壊れる」という未来の出来事が発生するのは分かりやすいのですが、「古くなる」出来事と、「壊れる」出来事は、それぞれに独立する出来事であり、過去の出来事によって未来の出来事が確定するような事象は一つも無いという指摘もあります。例え話では、「相当、古くなっていたので、もっと早くに壊れても不思議ではなかったのに、よく、今日まで持ち堪えたものだ」や、「使い始めて間もないのに、もう、壊れて使えなくなった」など、「古くなる」出来事と「壊れる」出来事が関連しない事柄も、多々、発生します。共振共鳴という観点では、「相当、古くなっていたので、もっと早くに壊れても不思議ではなかったのに、よく、今日まで持ち堪えたものだ」という経験を持っている人は、概して、「長い」というような周波数に共鳴している可能性が考えられます。例えば、物持ちが良く、性格的に気の長いタイプであったり、マラソンなど持久力を活かせる分野が得意であったり、物理的に長い物に意識が向かうので、ラーメンやパスタが好きったりします。同時に、気の長い性格が災いして、同じことを長く考える傾向があり、頭の回転が遅く、状況に応じた物事の切り替えが出来ない場合があったりします。反面、「使い始めて間もないのに、もう、壊れて使えなくなった」という経験の多い人は、概して、「短い」「早い」という周波数に共鳴している可能性が考えられます。例えば、常に新しい物を求めており、気持ちの切り替えが早く、スマートフォンの機種変更もサイクルが短いことが多いようです。同時に、気の短い性格が災いして、短気な癖性分から人間関係の軋轢が多かったりします。共鳴する対象を変えてみるもちろん、周波数は「長い」「短い」だけではなく、その他、様々な波長が複雑に組み合わさって人間の意識は共鳴しているのであり、それが、現実空間の出来事として反映されています。このため、起きた出来事について悩んでみても、出来事の前後に思考を巡らせている限り、事態はいつまでたっても改善しません。しかし、周波数に変化を起こすような行動を起こすと、悩み事が改善する可能性があります。気の長い性格の人が、気持ちの切り替えが苦手なことに起因する悩みを持っている場合、長く使っている物を新しい物に買い替えることで、気持ちの切り替えが出来て、新しい現実が次々と現れて来る可能性が考えられます。また、気の短い人が、長く続かない人間関係に悩んでいる場合、日常的に使っている物のどれかを長く大切に使うように心掛けることで、長く続く人間関係や信頼関係に出会える可能性が考えられます。従って、自分自身の意識が共鳴している対象を知ることが大切であり、そのためには、日常生活を俯瞰して、似たような共鳴パターンを見つけ出すことが出来れば、悩み事を解決する糸口が見つかるかも知れません。共時律は魂の階層でも発生する人間の意識が共振共鳴という共時律で変化するのであれば、意識と同義の存在である魂も共時律の影響下にあります。その意味では、生まれて来る前に書き起こす人生の設計図「ブループリント」も、その内容は共時律の持つ周波数によって決定されていると考えられます。過去の記事「人間の階層と魂の階層」でも解説しましたが、人生の設計図「ブループリント」は、前世での体験の影響を大きく受けます。共振共鳴という観点では、個人の魂が持つ共時律は前世の体験に依存することが多く、人生の設計図「ブループリント」は、前世から持ち越した共時律のため、同じ体験を繰り返す「輪廻」という状況が発生します。『人間の階層と魂の階層』3月に発生した京都府南丹市の児童行方不明事件について、連日、各方面からの見解が繰り返し報じられて来ました。この事件は、報道では人命が失われるという事態に至っ…ameblo.jp今を生きている日常で、様々な問題に直面しており、悩み事が解決しない場合、前世から持ち越した共時律に原因がある可能性も考えられます。人それぞれの悩み事は、人それぞれの事情があるため、一様の解釈はできませんが、共時律という観点では、やはり、「長い」「短い」といった基本の共時性を見つけ出すことが涵養となります。基本の共時性は、自分自身の身の上に限らず、自分の身内や配偶者、繋がる友人や知人にも大なり小なり現れており、それは、自分自身の真実の姿を映す鏡として機能します。支配に利用された共時律世の中の全てが共時律で動いていることについては、19世紀後半以降、アインシュタインやマックス・プランクらの物理学者によって、ある程度は解明されていたのではないかと考えられます。量子物理学の「粒子と波の二重性」とは、あらゆる物理現象は「波の状態」から観測されるという事象を経て「粒子の状態」へ確定すると説明されます。言い換えれば、何らかの共時律が発生しており、それが「波の状態」となり、観測されることで物理現象として確定するという意味になります。しかし、アインシュタインは質量とエネルギーの等価性を示す方程式「E = MC2」を提唱し、「粒子と波の二重性」を明確に否定しました。しかし、アインシュタインの方程式は、「粒子の状態」として確定した物理現象を定義するもので、決して「波の状態」を否定するものではなかったようです。おそらく、アインシュタインも真実を知っていたと思われますが、研究費用を提供していた側の人々の都合によって「否定」せざるを得ない立場にあったのではないかと考えられます。現代科学は、人間の意識や精神世界に関する科学的解釈を示していませんが、アインシュタインを始めとする19世紀の物理学者らは、人間の意識や精神世界については、量子物理学の「波の状態」で充分に説明できることを知っていたのではないかと考えられます。仮説の域を出ませんが、「波の状態」は人間の意識によって「粒子の状態」へ確定し、出来事として現れるため、人間の意識を意図した共振共鳴へ誘導することで、意図したように現実空間をデザインすることが可能になります。故に、この真実を知る者たちは、この件の秘匿を徹底したと思われます。少なくとも、国家組織の指導者層はこの件を熟知しており、長い歴史を通して、人々の意識は意図された共時律で支配されてきたと考えられます。過去の記事でもお伝えしていますが、私たちの生活空間の様々な場面で、色やシンボルを多用した風景を見せられていると思います。これらは、一般には色彩心理学によるカラーマーケティングとして理解されていますが、それ以上に、一般大衆の意識エネルギーを鼓舞するために必要な共時性(シンクロニシティ)を狙った霊的要素の強い施策であった可能性が考えられます。画像はイメージであり、実在の人物や組織との関連を説明するものではありませんが、色彩は「色霊」として、人間の意識に共振共鳴を起こす要素を持っているとして、心の片隅に留め置いてください。『鉄道の妙なる話』10月14日は「鉄道の日」となります。1872年(明治5年)10月14日、新橋~横浜間に日本で最初の鉄道が開通したことを記念する日として知られています。今…ameblo.jpまた、一般大衆の意識エネルギーを鼓舞するためという点では、過去の記事でも繰り返し解説しましたが、国家組織の指導者層は、様々な事件事故を演出してきました。この事件事故についても、多くの人々は、事件事故の加害者や被害者の経緯に意識を傾けますが、起こされる事件事故の本質はそこではありません。むしろ、起こされた事件事故の土地名やそこに登場する人物の名前や組織の名称、または、発生日付けや時刻、その他、記録される様々な数字に、意図された周波数が組み込まれています。メディアは、当該の事件事故を繰り返し発信しますが、その意図は、事件事故に含まれる地名やシンボルにあります。起きてしまった出来事は、過去の記憶へと積み上がるのみで、それ以上でも、それ以下でもありません。出来事に含まれる地名やシンボルは、そのままでは「波の状態」ですが、人の意識内に取り込まれることで、やがては現実化するエネルギーを内包しています。事件や事故の結果、防犯カメラが設置されたとか、新たな法律の策定が始まったとか、続報と思われる情報が相次ぎますが、それらは、人の意識を誘導する材料に過ぎず、情報として発信された時点でエネルギーは消失します。しかし、「波の状態」である地名やシンボルについては、人々がSNS等で情報を追いかければ追いかける程に、共振共鳴の周波数が集約され、エネルギーは増幅されます。過去の事例をヒントに地名やシンボルを紐解くと、昭和時代に発生した「トイレットペーパー騒動」の「紙=神」、令和の米騒動における「米=米国」、そして、今日の「石油」については「石油=石工職人」「精油=アロマ、フランキンセンス」「醤油=醸造衆」等ですが、具体的な意味については考察するにも非常にセンシティブな領域なので、ここでは触れません。この件については、歴史的な知見と宗教的な概念に精通している必要があり、併せて「言霊」に対する理解も不可欠であり、一般解釈における難易度は非常に高く、私も本件の全容を把握している訳ではありません。敢えて、事例を一つだけ挙げると、昭和時代のトイレットペーパー騒動は「紙が無い=神が無い」として、一般大衆の精神的支柱を宗教的なものから、物質的なものや経済的なものに移そうとする共時律が発生させられていたと考えられます。その結果が、昭和時代の高度経済成長であり、一時的にせよ、一般大衆は物質的な豊かさや経済的な豊かさを獲得できたと考えられます。共時律の個性が強くなる時代一般大衆の洗脳工作は、このように共時律を基本として為されて来たと考えられますが、一般大衆を一つの共時律で共振共鳴させるには、大衆の全てが受け入れることができる要素の共時律であることが必須で、その大前提が「幸福」と実現となります。古代ローマ帝国の時代から、「パンとサーカス」政策に代表されるように、歴代の権力者たちは、支配下にある一般大衆の幸福感を一定レベルにまで引き上げて、国家運営の安定化を図ってきた経緯があり、何時の時代にあっても、彼らは共時律の本質を熟知していたと考えられます。昭和時代の高度経済成長については、その最終目的は、社長から従業員までを賃貸付き奴隷制に固定化するという意図がありましたが、それと引き換えに、高度経済成長の結果、一般大衆は物質的、経済的な幸福感を得ることができました。同時に、トイレットペーパー騒動による共時律は、多くの無神論者を生み出したため、宗教的束縛から解かれた人々は、努力一筋で無限の「幸福」が得られると錯覚しました。この結果、激しい競争社会が展開され、多くの人々は競争に打ち勝つために莫大な資金を投入し、この時代、資本主義社会は飛躍的な発展を遂げます。この意味から、トイレットペーパー騒動による共時律は大成功を収めたと理解してよいでしょう。しかし、冒頭の解説で触れたように、共時律は、地球や月などの惑星、太陽などの恒星が発信する周波数の影響を受けるため、常に普遍的な結果をもたらすものではありません。地球の場合、自転とは逆方向へ傾きながら回転する歳差運動があり、天文学上の計算では、2万5千772年で一回転するとされています。占星術では、この歳差運動の傾きに応じて星座の名前と象意を与えており、トイレットペーパー騒動が起こされた20世紀という時代は、社会的組織に忠実であることを美徳とするような「魚座の時代」にあるとされます。従って、賃金付き奴隷制度であっても、一定レベルの「幸福感」が担保されるならば、受け入れる余地があった時代であると考えられます。ところが、21世紀以降、地球の歳差運動は占星術的な解釈でいう「水瓶座の時代」へ移行し、「個が尊重される」という共時律が普遍的に作用するため、個人が求める「幸福感」は、個人のお墨付きが必須となりました。その結果、社会的組織が提供する「幸福感」は嫌悪され、一般大衆が所属する学校や企業などの組織単位が崩壊するような事態に直面します。この数年、人々の意識を揺さぶる事件事故が繰り返されますが、その背景には、国家組織の指導者層が発信する共時律が意図したように機能しなくなったことがあり、このため、一般大衆の意識を刺激する出来事を繰り返して、意図した共時律のエネルギーが減衰するのを最小限に抑え込む目的があると考えられます。個人が持つ固有の共時律いかがでしょうか。この世の中の出来事は、全て、共時律で発生することをお伝えしました。様々な共時律の影響を受ける私たちの意識ですが、私たちの意識にも固有の共時律があり、この周波数を理解することも非常に大切です。この自分固有の共時律に従って生きている場合、人生を踏み誤ることは無いとされます。日本古来の神道系の概念では、自分以外の外側に自分の中心があると考える場合があります。これを、別の表現で言い換えると、私たちの意識は、私たちの身体の中ではなく、私たちの身体以外の外側に存在しており、そこが自分の中心であるとする考え方です。つまり、私たちの意識は、私たちが生きている現実空間とは異なる次元に存在しており、現実空間という次元から肉体である身体を借り受けて、その身体を遠隔操作しているというものです。異なる次元にある私たちの意識は、それぞれに独自の共時律を以て、自分の借り受けた身体を遠隔操作していますが、現実空間にある身体の五感から「寒い」「暑い」等の情報を受け取り、身体に対して必要な指示を出していると考えられます。この時、身体の五感が発する情報のインパクトが大きい場合、自分自身の固有の共時律は大きく揺さぶられます。この「揺さぶられ」の影響が長期間に渡って続くと、やがて、自分本来の共時律を忘れてしまい、人生の踏み誤りを繰り返すことになります。そして、その踏み誤りをやり直すかのごとく、似たような生まれ変わりの人生を「輪廻」する状態へ堕ちてゆくことになります。現段階では、「生まれ変わり」の概念を理解できる人は少ないと思われるため、今回の共時律に関する内容も、多くは難解だったと思われます。しかし、私たちが生きている中で直面する悩み事の数々は、前世から持ち越した「悩み事」や「踏み誤り」が原因である可能性があります。これから先を生きてゆくには「生まれ変わり」の理解は必須であり、更に踏み込んで、日常の出来事は、自分自身の意識の共振共鳴が原因であるという学びを深めることが涵養である思わせていただきます。