網膜剥離の手術を終え、右目は順調に回復しています。2週間くらいはほとんどの視力を失い、片目生活の不便さを思い知りました。
30分程度の手術でしたが、ぼんやりした白い天井を眺め、意識ある状態での手術には想像以上に感動できました。医師って凄いな、医療の技術って凄いな、と。
医療技術の発展なければ右目は失明です。右目視力の『寿命』を延ばしていただいたことに感謝感激です。
この世に存在するほとんどの生物の死は、死の直前まで普通に活動し突然パタリと亡くなるようです。子孫繁栄のために生存し、基本的に生殖可能期間が終わった個体は死んでしまうのです。
ひとの寿命は長い間約50年と言われ、他の生物同様に生殖可能期間が終了すれば死んでいたと考えられています。主な死因は心不全や感染症の病いのようですが、栄養状態が改善され医療の技術も進歩したことで徐々に寿命が延びてきました。その代わりに急増した病いが"がん"です。
がんは長年蓄積された遺伝子の異常によりDNAが壊れることで発生します。野生の動物ではほとんど見られないひと特有の病いですが、ひとは本来の寿命を遥か超えて長生きしすぎているのかもしれません。
平成30年の国民生活基礎調査のデータによると、健康上の問題で日常生活に影響のある高齢者(65歳以上)の割合が3割近く、85歳になると半数以上のひとが健康上に支障をきたしています。寝たきりになる高齢者もどんどん増えてきて、寿命が延びて老後を過ごすことも良いことばかりではありません。
老化研究の第一人者であるデビッド・A・シンクレア氏の仮説によると、あと50年もすれば人類の平均寿命は110歳を超えるそうです。
https://toyokeizai.net/articles/-/393524?display=b
僕は今年で54歳ですが、数万年昔であれば生殖可能期間が終わり寿命を全うする時期にあります。そもそも『老後』を迎える発想が無いと思われ、きっと人生を振り返っている頃なのでしょう。
この時代、この年齢で死んでしまってもそれほど不幸な想いは無いような気がします。みんな同時期に亡くなってしまうのですから普通なんです。
でも現在では日本人の平均寿命は80歳を超え、僕もあと30年生きることが可能です。
『まだ生きることができるはず。』
このような想いは、周りのひとたちがみんな生きているから、自分もそうありたいと願うエゴから生じているのでしょうね。
みんな亡くなっているからまぁいいや。
みんな生きているから死にたくない。
ひとの心理は面白いな、思います。
50年後僕は104歳。老化研究の仮説通りになればまだ生きている可能性が十分にあるのです。今はまだ人生の半分にも到達していません。
でも、ワクワクする気持ちになれないのはどうしてでしょう。人生長過ぎると感じるからでしょうか。ましてやその日まで心を満たし続けることができるのでしょうかね。



