時間がちょっと余ったため、最終日にやるお宅を一足お先に作業することに。

今度は中ではなく外。
その家は玄関先からジャリが敷き詰めてあった家で、津波後はジャリとヘドロの混じったものすごい硬い土となっていた。
ラスボスにふさわしい難易度。
なんせつるはしでガンガン突いてやっとヘドロ部分が壊せるくらいなのだ。

六日目はかなり難しい感じだったが、最終日につるはし三本体制でどんどん詰めていった。
さすがに最終日ともなると体力的にはかなり大丈夫で、曇りだったこともあって余裕はかなりあった。
土嚢運びをほとんどの時間やっていたが、なんとかなった。

その家は川との境目の近くにあり、紙一重の差で被害にあったお宅だった。
避難した後に、1ヵ月後に見に行ってまさか家があるとは思わなかったそう。

その家のオーナーさんは、なにかと差し入れを用意してくれて、飲み物だとか、お菓子だとか、いろいろと・・・。
なかでも感激だったのは、「笹かま」!現地の名物の笹かまが食べられるなんて、本当に嬉しかった!
ぷりっぷりだったんだよぉーーーー!

最終日の作業が終わったあと、ボランティア参加者を乗せて商店街のほうへバスを走らせた。
石巻の人たちが、ボランティアに感謝して炊き出し、慰問のようなことをしてくれるらしい。
こちらがやらなければならないようなことを石巻の人たちはわざわざボランティアに来た人達にしてくれたのだ。


バスでの移動中に、気がつくのはベースでは無かったニオイ。
魚の濃い、腐ったニオイがそこら中に漂っている。未だに手つかずの魚関係のごみが多いみたい。


「お金を落としてください」と、お土産や、弁当などを用意してくれて、石巻にゆかりのある石ノ森章太郎のグッズ等なども売られていた。
そこはかとなく隅っこ。-買い物風景

私はコンブ関係とその場で食べるスパゲッティを購入。

そこはかとなく隅っこ。-ロボコン
いっぱい通りに石ノ森作品の銅像がたってた。
このロボコンの横には藤子不二夫やちばてつや等の大作家達のサインが壁沿いに展示してあった。
普通に紙をガラスの中で展示していたら流されていただろうな・・・。


そこはかとなく隅っこ。-レオ

「迷子ライオン レオは待ってるぜ」
流されてご主人が見つからないらしい。置いてくださっているのは粋な店主さんだった。

また、会場では金八先生のソーラン節を担当していた方がパフォーマンスを披露。
外国人も混じって、みんなでソーラン節を踊った。
ボランティア向けに豚汁、焼肉もご馳走に。
地元の方の感謝の気持ちがいろいろ感じられ、楽しかった。

そこはかとなく隅っこ。-会場


あったこととしては、このぐらいだろうか。
最終日は掃除して、朝にはバスに乗ったので特になにもなく。
バスから高速道路に乗っている最中ももはや作付けもされていないヘドロまみれの田がそこかしこに。
道路自体も片側一車線で、デコボコ。奇跡の復旧とたたえられたけれど、それは応急処置でしかない。
全面的な復興にはどれだけかかるのか。頭が重くなりながらも考えていた。






バスから降りて、親の運転する車の中から町並みを見る。
なんでこんなに落差があるのだろう。
本当にあったことなのか信じられないほどこちらは平和だ。


うまく頭の中で処理ができない。

思わず泣いていた。


そこで質問される。

「なにか被災者の人は困っているとか言っていた?」

「いや・・・・、なんにも言ってなかったよ。困っていることとか・・・・弱音とか・・・・マイナスのことを誰一人言わなかったよ・・・・」


涙が止まらなかった。

この一週間、話した誰もが「感謝の言葉」や、「やってもらったこと」を話しても、「苦しいこと」や「ネガティブなこと」を言わなかった。急に泣き出して、どうすればよいのかわからなかったことはあったけど・・・。
こんな理不尽なことになっても誰も弱音をはかないで立ち直ろうと努力している。
その精神に、涙が止まらなくなるほどの衝撃を受けていた。