うちの祖父の思い出話を一つ。



祖父は鉄鋼関係の会社に勤めて、かなりの「お偉いさん」だった。
広島で鉄鋼の協会を作ったり、関係する統計で大内賞というものをとったこともある。祖母のいつもする自慢だ。
かなりの裕福な家庭になった。

若い頃は典型的な「昭和の父」というような、家長の権威を持った怒るとこわい人であったようだが、晩年はうんちく好きで、めったに怒ることのない「おじいちゃん」になった。

ある日、母が電気を点けっぱなしにしていたことを注意された。
その理由は、「お金がもったいない」ではなく、「こういうものの電気は石油で作られているんだ。石油というのはいずれ無くなってしまうものなんだ。だからできる限り使わないでおいたほうが良い」という。

さて、今でこそ「ピーク・オイル論」は一般的だが、母がこれを言われたのは子供の頃。
1960年代はオイル・ショックもなく、資源などというものはいくらでもとれると思われていた。

その時代に「石油は無くなる」などというのはある意味KYでさえあるが、会社の関係で資源を調査していたのだろう。なんとも先見の明があるものだと感心した。

ある時、家にテレビがきてしばらくたったときのこと。
伯母が「チャンネル変えよ」とガチガチ回してた時。
「いいか、こんなのはな、そのうちテレビまでいかんでもチャンネルなんて変えられるようになるんだぞ」と、後ろの座椅子に座っていた祖父は得意げに言った。

え~~、そんなの想像がつかないと伯母がいうと、祖父はふざけて「こう、座椅子のほうがぴゅーーっと、テレビまで移動してだな、手で操作したらまたぴゅーーーっと、元の位置に戻るんだよ」。

その後、テレビCMで高橋英樹がまさにその通りのことをやってのけたのを見て、伯母は笑い転げたという。

また、トイレでは「そのうちな、便器からぬくい水が出て、尻を洗ってくれるようになるんだよ。温風がでて乾かしてくれるようにもなる。紙なんかいらなくなるぞ」とも言っていたようだ。
ちなみにそれを言っていたのは水洗便所すら普及していない「ボットン便所」時代。

「とうちゃまは横着者ねぇ」といつも言っていたようだが、時代は便利なほうへ、横着なほうへと進化してきた。
「横着こそ進歩の証」とでも言えるのだろうか。

最後に。
祖父は原発を推進してきた最初期の人物だった。

娘に「これからの時代は石油や水力などでは電力が足らなくなる。これからは原発の時代だ」と熱く語ることがあったのだから、よほど熱心に推進していたのだろう。地元の代議士も祖父のおかげで当選した人がいるくらいだからその地域では影響を与えたかもしれない。

そんな祖父、私が赤ん坊のころに母の児童団体の催しで講演をしたことがあった。
80年代後半か、その時にこういう趣旨のことを言ったそうだ。
「私は原子力発電をやるべきだと言って、安全だとも思ってきました。けれどもこの頃の運用の仕方を見ると、どうも首を傾げざるを得ないところがある。今では、推進していたことを少し後悔している」


いつも2,30年早いんだね、おじいちゃん。